父の棺からこっそり髪を切り取りDNA鑑定…「結局、僕は誰の子?」 真実を知っても48歳男性の謎は深まるばかり

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結婚にこだわる遙香さん

 遙香さんは弁護士を立てて裁判すればいいじゃないと言ったが、晶子さんにはやはり「恩義」を感じていた。ことを荒立てたくもなかった。婚姻届に縛られる必要もないだろう、今、一緒にいるのが事実なんだからと遙香さんを説得したが、彼女は「私はちゃんと結婚したいの」と言い張った。

「5年くらいですかね、一緒に暮らしたのは。ある日、追い出されました。ちゃんと結婚して子どもがほしい。当時、36歳だった彼女は、もう私には時間がないと言っていた。彼女、けっこういい家のお嬢さんだったようで、ひとりなのに2LDKに住んでいたんですよ。親に買ってもらったマンションだって言ってた。僕と一緒に住んでいることは親にひた隠しにしていた。そんな中で5年も待たせたのだから、しかたないですよね。家を出てアパートを借りました」

久々の実家

 晶子さんのもとへ帰ろうかともチラッと思ったが、今さらそれもできない。ひとりになってみると、また厭世的な気分に襲われた。

「そんなとき妹から連絡があって、父が急死したと。その前から母に介護が必要となって、定年退職した父が世話をしているという話は聞いていたんです。でも僕は現実から目を背けていた。妹は結婚して実家近くで生活していたので、ときどき見に行ったりはしていたらしい。父は母の介護に疲れたんでしょう。心筋梗塞であっけなく亡くなった」

 母は定年間近に脳梗塞となり、麻痺が残って日常生活に難があった。それを父が必死で介護していたらしい。実家に戻ってみると、近所から「あんなに仲のいい夫婦だったのにね」という声が聞こえた。

「祖父が死んだときとはまったく違う近所の反応に驚きました。近所の人たちも世代交代しているし、人の噂もいつしか変化していくものなんだなと思いましたね」

謎は深まるばかり…

 淡々と父を見送った栄介さんだが、通夜の席でこっそり父の髪の毛を切り取った。もちろんDNA鑑定のためだ。思い切って鑑定してみると、父とは親子関係が成立していた。父は正しかったのだ。どうして母は「じいちゃんの子だ」と言ったのか、彼は理解に苦しんだ。

「母は脳梗塞の後遺症で、記憶障害がありました。だから今さら聞いてみても、正しい答えは返ってこないだろうと。もしその記憶があったとしても、正しく答えるつもりもないはずだし。だけどこれだけ長い期間、僕を苦しめたのはなぜなのか、祖父の孫だからなのか。でも父は自分の命をかけてまで母を介護していた。それも祖父の贖罪のつもりだったのか。わからないことだらけなんですが、わかる術がない。わかったのは僕は父と母の子だったというだけ」

 長い時間を無駄にしたような気がすると彼はつぶやいた。自分の人生、ずっとそうだったと嘆く。晶子さん、遙香さんとの生活ではそれぞれ楽しい時期もあったはずだが、彼の思いはそこにはいかない。

「気持ちは破れかぶれなんだけど、僕自身、サラリーマン生活が長いから、せいぜい休みの前日に飲んだくれるくらいしかできない。そんな自分にも腹が立っていました。破滅願望みたいなものが大きくなっているのに、なにもできないんですよ」

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