未曾有の大災害の中、お台場のテレビ局では浮世離れした高給取りのエリートたちが、空気を読まずに馬鹿騒ぎを続けていた

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「上から目線」の対応

 また、観光地としてにぎわうお台場の街を見下ろしながら、広々とした開放感のあるオフィスで仕事をすることで、フジテレビ社員たちの心境にも変化があった。自分たちは一般人とは違う特別な存在である、という「特権意識」のようなものを持つ人が増えてきたというのだ。その間違ったエリート意識のようなものが、じわじわとこの局を蝕んでいった。

 その後、2011年にはフジテレビにとって重要な2つの事件が起こった。東日本大震災とフジテレビデモである。東日本大震災は、津波や原発事故を伴う未曾有の大災害だった。安全性ばかりを強調する政府の公式発表を垂れ流すだけで、テレビなどの大手メディアはマスコミとしての使命を果たしていないのではないか、という声も強かった。インターネットの影響力が高まるにつれて、マスコミに対する不信感が強まっていった。この年の8月にフジテレビデモが起こったのもこのことが関係している、というのが吉野の仮説である。

 2011年8月21日、フジテレビ前で約3500人の群衆がデモ行進を行った。彼らの主張は「フジテレビは韓流のゴリ押しをやめろ」というものだった。「フジテレビが韓流をひいきしすぎている」という当時の彼らの主張は全くの誤解である、と吉野は断言する。この時期にフジテレビで韓流ドラマが放送されていたのは、単にコンテンツが安く買えてそこそこの視聴率が取れるからにすぎない。純粋に経済原理に従って韓流ドラマを流していただけなのだ。

 ただ、デモが起こったのはフジテレビへの人々の潜在的な不信感が原因である可能性が高い。景気が悪い上に未曾有の大災害で人々の不安が高まっているこの時代に、お台場のテレビ局では浮世離れした高給取りのエリートたちが、空気を読まずに馬鹿騒ぎを続けている。良くも悪くも大手メディアの中で最も目立っていたのがフジテレビだったからこそ、時代の空気が変わってからは最も叩かれやすい存在になってしまったのだ。

 フジテレビ側はこういったデモの動きに対して完全な無視を決め込んだ。下手に反論して怒りを買っても仕方がないとばかりに、「上から目線」での対応に終始したのである。これがさらなる反発を招いてしまったのではないか、と吉野は言う。

 時代の転換点となった2011年頃からフジテレビの視聴率は落ちていき、そこから一気に出口の見えない迷走期に突入した。今もその長期低迷から抜け出せていない。

 前向きに考えるのなら、今回の騒動は、そんなフジテレビが低迷から抜け出す絶好のチャンスだと言えるかもしれない。フジテレビが抱えている構造的な問題はあぶり出され、改善すべき点は明確になっている。これをきっかけに上に立つ人材を総入れ替えして、抜本的な改革に乗り出せば、再び黄金時代が帰ってくる可能性はゼロではない。フジテレビが多くの視聴者を満足させる魅力的な放送局に生まれ変わることを祈っている。

ラリー遠田
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)など著書多数。

デイリー新潮編集部

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