歯が減ると要介護認定リスクが1.2倍に… 効果的な歯磨きの回数、タイミングは?

ドクター新潮 ライフ

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噛むこと自体が脳への良い刺激に

 一方、「口と脳」も密接に関係しています。歯の根っこと、歯を支えている骨の間にある歯根膜。この組織は、脳幹から出ている三叉神経に直接つながっています。そして歯が抜けることで、歯根膜と三叉神経のつながりが断ち切られてしまいます。このことによって脳幹の神経細胞が死滅し、先に説明した通り認知症リスクが高まると考えられるのです。これまでは、歯が抜けてもその影響は口の中にとどまると思われていたものが、実は口にとどまらず、脳に悪影響を及ぼしている可能性が明らかになったわけです。

「腸」と「脳」の間に「口」は位置しています。単に物理的にそう並んでいるわけではなく、脳腸相関がある「脳」と「腸」と、その間にある「口」はそれぞれ機能的にも影響を与え合っている。これが口による「下支え」の意味です。

 口と脳の関係でいうと、咀嚼(そしゃく)は双方の健康にとってとても重要です。

 まず、体の器官は使わなければ衰えていきますので、よく噛むことができなければ顎の筋肉が衰えるなどして、より咀嚼しにくくなるという悪循環につながります。

 そして、私たちは普段何気なく「噛む」という行為をしていますが、実はとても複雑な動きなのです。肉や野菜など、固さの異なるものを噛み切ったり、すりつぶしたりし、そして誤って飲み込まないようにして、ようやく適切に嚥下することができるわけですが、これらの動きは全て脳がコントロールしています。すなわち、噛もうとする行為自体が、脳に良い刺激を与えているのです。

 ちなみに、歯根膜は極めて鋭敏なセンサーの役割を果たしています。足の裏で1本の髪の毛を踏んだとしても、私たちはそれを知覚できません。でも、歯で噛めば、たとえ髪の毛1本ほどのものでも知覚できます。歯根膜は、このような極めて繊細な信号を脳に送っているのです。

咀嚼と血流

 さらに、咀嚼によって脳に物理的な振動が伝わることも、脳に良い刺激となりますし、咀嚼すると血液の流れが良くなりますから、必然的に脳への血流も良くなり、このことも脳の健康の維持・促進に役立ちます。

 裏を返すと、口腔の不健康な状況は、血流を通じて全身に悪影響を与えてしまいます。実際、歯周病が糖尿病や動脈硬化と関連していることは医学界の常識として定着し、がんや肺炎などとの関連も明らかになってきています。歯に限らず、唇、舌、あごなどを含めたトータルの口の機能の衰えをオーラル・フレイル(口腔虚弱)と言い、体全体のフレイルの前にオーラル・フレイルが現れます。改めて口腔環境の健康を保つことの重要性がお分かりいただけると思います。

 事実、口腔の健康の大事な要素である歯の本数に関して、次のような調査結果が出ています。65歳以上の日本人2万人超を対象にした4年間の追跡調査で、歯が19本以下の人は、20本以上の人と比較して要介護認定を受ける割合が1.2倍に達したのです。

 歯が1本抜けるだけで、その隙間から唾液が漏れ、話しにくくなり、また食べにくくもなる。会話が減れば脳活動は低下しますし、おいしく食べられなければ幸福感を覚える機会も減ってしまう。「たかが歯1本」とは決して言えないことを、この調査結果は物語っているのではないでしょうか。

 その大切な歯を含む口腔環境が、認知症をはじめとする症状・病気と関連していることは説明してきた通りですが、それでは逆に、口腔を利用して認知症などの予防につなげることはできないのでしょうか。

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