フジ「10時間会見」で注目を集めた「フリー記者」の実態…“権力”以上に距離を置くのが難しいものとは

  • ブックマーク

誰もが今日からなれる職業

 メディア企業に所属する「組織ジャーナリスト」は、当然その新聞社やテレビ局などに入社しないと同社の記者と名乗れないが、そもそもジャーナリストやライターになるには、試験があるわけでも、資格や免許が必要になるわけでもない。自称すれば誰もがその瞬間から「フリー」の書き手になることができる。

 老若男女はもとより、経験や学歴、国籍、能力、犯罪歴など一切を問わず、ペン1本(PC1台)あればいいのだ。

 しかし、「資格も免許も必要ない門戸の広いフリーの仕事」が安定するわけがない。

 フリーの書き手は組織ジャーナリストと違い、当然筆を止めるとすぐに生きていけなくなる。組織にいれば当然、毎月の給料が入るが、フリーは書かなければ収入はゼロなのだ。

 書籍を刊行すると、よく「印税生活なんて羨ましい」と言われることがあるが、過去に書いた書籍の印税だけで長年飯を食い続けられる物書きはごく僅か。とりわけ時事的問題を掘り下げて書くジャーナリストやライターにおいては、印税だけで生活している人は皆無と言っていい。

 いや、印税どころか、執筆業だけで食べていけている物書きすら一握りだ。

 ほとんどの媒体では、元々「原稿料」が決まっている。一部、読まれた分だけインセンティブが付く媒体もあるが、いずれにしてもしっかり取材をしたうえで記事を書くと、執筆活動に見合う収入になることはほとんどない。

 筆者の場合、通常、取材対象に関する勉強から取材・裏取り、執筆まで半年かけて1本書くような記事が多い。そうなると、どれだけ根を詰めて書いても、書ける記事は月3本。

 真面目にやるほど稼げない仕事なのが現状だ。

 そのためフリーの書き手の多くは、自身の記事や書籍から派生する講演会や別メディアへの出演などの仕事を得て生きている。

 そしてその「派生する仕事」が得られるかは、「誰もが名乗れる職業」でも胸を張って「生業」と言える、ある種のバロメーターにもなっている。

次ページ:孤独との戦い

前へ 1 2 3 4 次へ

[2/4ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。