「唾を付けて投げる反則投球」で一世風靡 愛すべき“イカサマ投手”ゲイロード・ペリーの奇想天外エピソード
ゲイロード・ペリーは通算314勝、史上初めてア・ナ両リーグでサイ・ヤング賞を取った投手だ。1991年に野球殿堂入り。背番号36はサンフランシスコ・ジャイアンツの永久欠番になっている。
速報「暴力ともいえるぶつかり稽古を食らわせ、倒れると顔面を蹴り上げた」 イケメン力士「翔猿」の凄絶パワハラ “女物のパンツを買ってこい”と強要も
ところがペリーには“イカサマ投手”の疑惑、いや敬称が広く浸透している。
ペリーの覚醒の時は64年、デビュー3年目だった。初めて2ケタ勝利(12勝)を挙げる躍進の陰にあったのが“スピットボール”だ。
唾を付けて投げる。濡れた部分と乾いた部分の差が大きな変化を生むといわれる反則投球でペリーは60年代から70年代にかけて、一世を風靡した。
「自分はスピッター(スピットボールの使い手)だ」と公言し、審判もファンもみんながそれを知っていた。何しろペリーの愛車のナンバープレートは『SPITTER』だった。なのに追放されない。証拠がない、尻尾を出さない、いやどうもそれだけが理由ではない。
70年春、ジャイアンツの一員として来日した時、日本の審判も不正を見抜けなかった。投球後、パンチョ伊東(後のパ・リーグ広報部長)がボールを手に取って仰天したと福島良一(大リーグ評論家)が書いている。
〈何と、そこには審判さえ見たこともない異物が…。唾液なんて生易しいものではなかった。ポマードらしきものがべっとり付いているではないか。パンチョさんが感に堪えない面持ちでつぶやいた。「これがペリーのグリースボールか」と〉
反則投球には唾だけでなく、潤滑油を使うグリースボール、やすりで傷をつけるエメリーボールなど多彩な方法がある。
この逸話を聞くと、見つかったというより日本への置き土産、悪役レスラーがわざと凶器を落とすような、スピッターの“存在証明”のようにも感じられる。
ペリーは現役中に書いた、『私とスピットボール』という本の中でスピッターを投げている事実を明言。「通算300勝を記録した時は、ボールに歯磨き粉を付けて投げた」と明かしている。また、現役時代に使っていたワセリンを販売する会社まで経営していた。
[1/2ページ]