「昭和天皇崩御」、「大平総理の内閣葬」では“クラシック通”として活躍 「俵孝太郎さん」知られざる“もう一つの顔”

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大平首相の内閣葬で…

 つづいて1995年7月に刊行されたのが、『CDちょっと凝り屋の楽しみ方』(コスモの本)です。本書は、まさに“クラシックCDコレクター”俵孝太郎さんの、真骨頂ともいうべき名著です。

 前半は、やはりCD蒐集の意義や選び方の解説ですが、特徴的なのは、マイナー廉価盤を多く推薦していることです。アメリカのVoxBox、香港のNaxosといった新興レーベルにもいちはやく注目し、評価しています。

 実は、Naxosは、いまでこそ“世界最大のクラシックCDレーベル”として、知らぬものなきビッグ・ネームですが、当初、日本へは1枚980円の安さで入っていたため、海賊盤あつかいをされていました。輸入代理店は、たいへんな苦労をしたのです。

 しかし俵さんに、そういった前評判は一切通用しません。「そういう連中は、実際に聴いていないのでしょう。よいものは、よいのだからどうしようもありませんな」と、よくNaxosを推薦していました。本書でも、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲の推薦盤として、近年逝去した、ハンガリーのイェネ・ヤンドーのNaxos盤をあげています。ショパンのピアノ曲全曲も、Naxosのイディル・ビレットをあげています。

 後半では、名曲・推薦盤をあげていくのですが、しばしば話題は脱線し、わたしが取材の際にもうかがった逸話が登場します。

〈新聞記者になってからでは41年目、フリーになってからでも25年目になるが、この間に政治家にものを頼んだことは2回しかない。〉

 まず1回目は、テレビ番組で一緒になった寺山修司についての頼みごとです。ミュンヘン五輪の芸術展示に、彼の劇団天井桟敷が招待されているが、どうしても旅費が400万円足りないという。国際交流基金もJOCも面倒をみてくれない。明日までに用立てないと、出発できない。

 それを聞いた俵さんは〈招請されて契約したのに履行できないのでは寺山や、“天井桟敷”だけでなく、日本としての違約になる〉と、田中角栄政権下の竹下登官房長官に〈かくかくしかじかの事情だが早急に寺山に会ってやってくれないか〉と、電話をかけるのです。

〈そこから先はどうなったのか知らないが、翌日の夜更けに寺山から電話があって、長官の配慮で無事出発できるようになったということだった。〉

 2回目は、友人の多い新日本フィルハーモニー交響楽団のためでした。もとは、文化放送とフジテレビが経営する日本フィルハーモニー交響楽団でしたが、労働争議で2つに分裂してしまいます。経営支援や文化庁からの補助金もストップとなり、どちらも苦しい状況に追い込まれます。補助金復活運動のバックに、やかましい社会党議員がついていたため、文化庁は〈触らぬ神に祟りなし〉を決め込んでいたそうです。そこで、俵さんの出番です。大平正芳政権の時期でした。

〈たまたま、いまは代議士になった、大平首相の女婿である、音楽好きの森田一秘書官と話していて、文化庁も困ったものだといったら、彼が動いてくれて、新日フィルと日本フィルとの双方に対し、他の在京民間オーケストラの半額、つまりあわせて1本の扱いで補助金を復活してくれることになったのである。〉

 その直後、大平総理が急死します。新日フィルから、弔意と謝意を示したいとの申し出があり、俵さんの仲介で、内閣葬で追悼演奏をすることになりました。もちろん、無報酬だったそうです。

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