インドで「買いたい服がない」と悩んだ研究者・池亀彩が“サリー沼”にハマったワケ

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「買いたいと思う服がない」

 京都大学大学院のアジア・アフリカ地域研究研究科で教鞭を執る池亀彩さん。著書に『インド残酷物語 世界一たくましい民』(集英社新書)などを持つ彼女は学生時代、「インドで何を着ればいいか」に悩んでいた。そんなとき、とあるインド服に出会って……

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 布好きの服好きである。できれば上質な素材でシンプルなデザインのものを身に着けていたいと思う。この年になるとかなりの量の服を持っているので、最近は年に数着購入する程度だが、それでも新しい服を選ぶのはワクワクする。

 だが20年以上前、学生としてインドに長期滞在し始めた時、はたと困ってしまった。買いたいと思う服がないのである。南インドカルナータカ州のマイソールという町に住んでいたのだが、当時独身の若い女性が着る服は、シャルワール・カミーズなどと呼ばれる、丈の長い上着と横幅のあるパンツに、ドゥパッタと呼ばれる幅広いショールで胸を覆う服装が一般的だった。ジーンズにTシャツというのは、短期間しか滞在しない外国人観光客ならいざ知らず、普通のインド人の中で生活していた私には許される服装ではなかった。しかし町の商店に売っている服は、安っぽい化繊の服ばかりで全く魅力的でない。何か着ないわけにはいかないのだから、もう絶体絶命である。

「自分としてはおしゃれのつもり、周りからは地味でコンサバな服」

 たまたまデリーで大学教員をしていたインド人の友人が、当時南デリーの高級住宅街にあったFabindiaという店に連れて行ってくれ、私はそこで、インドの伝統的な手織り手染め布を使った素敵なインド服と出会う。Fabindiaの服がなければ、私はインドで長期の調査はできなかっただろう。 

 インド人の教員向けの語学研修に交ぜてもらっていた私は、それ以降、数カ月ごとに、日曜日の早朝寮を一人で抜け出して長距離バスに乗り、4時間ほどかけて、州の首都であるベンガルール市に当時1店舗だけあったFabindiaに行き、数着のインド服を購入した。それが私の最大の息抜きとなった。

 数点購入するだけでもインド人教員の1カ月の給料くらいの値段だったので、同僚たちには値段は内緒。彼らから見ると伝統的ではあるけれど魅力的には映らない、素朴な(でも実は高い)服を何食わぬ顔で着ていた。自分としてはおしゃれのつもり、周りからは地味でコンサバな服。完璧である。

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