なぜ「小中高生の自殺」は過去最多を記録したのか…専門医が明かす「SNSは諸刃の剣」「生徒が伸び伸びしているのはむしろ名門進学校」という“格差社会”の現実
SNSは“両刃の剣”
子供の自殺が増えているという報道に、一部の識者は「スマートフォンやSNSの悪影響」を指摘した。これは日本だけの動きではなく、例えばオーストラリアでは昨年12月、16歳未満の子どもがSNSを利用することを禁止する法律が成立した。
オーストラリアではSNSを悪用して子供を性的に脅迫したり、いじめのツールに使われたりすることが多発。自殺に追い込まれた子供が増え、保護者が法的な整備を求めていた。
「確かに日本でもSNSが自殺の原因になることはあります。日常生活でリアルないじめの被害を受けている子供はSNS上でもバーチャルないじめの被害者であることは珍しくありません。ただし、いじめに悩んでいる子供がSNSで何でも打ち明け、ゲームの世界などを通して相談できる相手を見つけることで、何とか精神的に踏みとどまれているケースも少なくないのです。スマホやネット、SNSは“両刃の剣”という要素が非常に強く、私自身としてはまだ結論が出せていない状態です」(同・岩波医師)
不登校ジャーナリストの石井しこう氏の調査によると、1920年代に10代前半の自殺率は1・8%と高い割合を示していた。それが40年代までは減り続けて0・8%を割った。
価値観が大きく変容した戦後の混乱期は1%まで上昇したが、60年代から90年代は0・6%と低い水準を取り戻した。ところが2000年代から1・2%と再び上昇し、2018年は1・8%と1920年代に戻ってしまう(註1)
ストレスが増す学校
なぜ自殺率は「U字型」を描いたのか、石井氏は「理由は不明」とし、原因が究明されていないこと自体を問題視している。
その一方で、教育的な視点で読み解く識者も存在する。戦前の子供は小学校を卒業すると社会に出されることが多かった。職場の先輩たちから理不尽に叱責されたり、いじめられることも少なくなかったという。
戦後になって義務教育は中学まで延長され、高校進学率も伸び続けた。希望に反して働かされる子供が減り、しっかり学校で学べるという環境が整備された。教育に救われた子供も少なくなかったというのだ。ところが近年は学校に通うことが逆にストレスを生み、自殺の原因になっているように見える。
「いつから、とはっきり時期を特定することはできませんが、昭和から平成に変わっていく過程で、徐々に学校という空間が変質してしまったと考えられます。公立中学の場合、内申書による締めつけが厳しさを増しています。『教師に内申書で悪い点を付けられると、高校に行けなくなる』と考えている中学生は少なくありません。このため生徒が『規則』にがんじがらめにされています。これは東京や大阪などの大都市圏で中学受験が増えている原因でもありますが、ならば私立中学にストレスがないかと言えばそれも違います。今、かなりの中堅以上の私立学校が“大学予備校”と化しており、『偏差値が上位の大学に合格しろ』という要求が厳しいのです。本当に生徒が伸び伸びしている中学は、ごく少数のエリート校に限られています。具体的には筑附や麻布、灘、桜蔭といった東大合格者ランキングの常連校です」(同・岩波氏)
改革の順番が逆
子供の自殺が増えて喜ぶ日本人は一人もない。早急な対策が求められているのは言うまでもないが、岩波医師には気がかりな点がいくつかあるという。
「こども家庭庁が昨年4月1日から発足したことは評価できるかもしれません。一方で、子育て支援として高校授業料の無償化など、高校生を対象にした議論だけが先行している点は気になります。なぜなら子供の自殺防止という観点から考えると、高校生の判断力は大人に近いですし、いざとなれば働いて自活することも可能です。子供の自殺を減らすためには、年齢が幼い層から改善を行うほうが効果的です。幼稚園や保育園に通うことは幼児の社会性を高めることが明らかになっています。となれば、幼稚園や保育園の就園率を高め、その質を高めていくことが求められ、特に保育園については希望者をすべて受け入れるべきでしょう」(同・岩波医師)
2023年3月、こども家庭庁設立準備室は「保育園にも幼稚園にも通っていない3歳から5歳までの児童は全体の1・8%、5・4万人に達する」との調査結果を発表した。こうした子供を持つ家庭は経済的に不利な状況に置かれていたり、不適切な養育が行われていたりする可能性が指摘されている。
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