ヘロインは「死ぬかも…」だがフェンタニルは「死ぬ!」 “ゾンビタウン”が急増するアメリカで元マトリ部長が目撃した“悪夢のような光景”
「いまアメリカではとんでもないことが起きているんだ」
アメリカの連邦捜査官とともにボルチモアのダウンタウンを歩いているとき、路上で立ったまま眠っているような男を見かけた。30代前半と思われる男は、中腰のまま両手をだらりと下げ動かない。目は開いているがどこを見ているか分からない。男の隣には20歳前後の女がぐったりとした様子で座り込んでいた。【瀬戸晴海/元厚生労働省麻薬取締部部長】
(全2回の第1回)
【衝撃写真】写真を見れば一目瞭然…「削った鉛筆の芯」に乗るほど少量の粉末が人命を奪う。フェンタニルの致死量はわずか2ミリグラムだ。
「密造フェンタニルを注射したのだろう。本人らは雲に浮くような気分に浸っているが、このままだと呼吸麻痺で死ぬ……」
呆然とする私たちに捜査官はそう声をかけた。
「知っているか? アメリカでは“ヘロインは死ぬかも、フェンタニルは死ぬ”と言われていることを。フェンタニルをはじめとするオピオイド(麻薬鎮静剤)の乱用者は、この国で1000万人を越えている。重篤な依存者だけで200万人だ! いまアメリカではとんでもないことが起きているんだ」
彼は救急隊に電話しながら、立ちすくむ私たちにそう説明した。
フィラデルフィアではさらにひどい光景を目にした。裏通りのフェンスを背に一人の男が横たわっている。見た目は40代、目を閉じで微動だにしない。足下には使用済みの注射器とパケが無造作に捨てられていた。フェンスの向こうには、数名の男女が両手をダラリと下げたまま固まっている。頭を垂れ両膝をついている者もいた。
「Wake up! Wake up!」
周囲の人達が叫びながら倒れた男の身体を揺さぶり始めた。
「これもフェタニルだ、かなりやばいぞ……」
捜査官が男の頬を2、3回たたき、さらに人工呼吸を行うが、男は全く反応しない。到着した救急隊員がオピオイド拮抗薬である「ナロキソン(NALOXONE)」を鼻腔内に繰り返し噴霧する。ナロキソンは、オピオイドの過剰摂取によって呼吸抑制や、意識レベルの低下を起こしている場合に投与することで、呼吸を回復させることができる。しかし、その後も男が息を吹き返すことはなかった。
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