殿堂入り「満票」ではなかったイチロー メディア、チームメイトとの“冷戦”を振り返る

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「人の心を慮ったり痛みを想像したり……今までなかった自分が現れた」

 大きな環境の変化に戸惑いつつも、イチロー氏は初年度にいきなり242安打、打率.350、56盗塁をマークしMVP、新人王、首位打者、盗塁王、ゴールドグラブ賞などを総なめ。マリナーズがメジャーリーグ最多タイ記録のシーズン116勝(46敗、勝率.716)をマークする原動力となり、米国で日本人選手に対する評価を一変させた。翌年以降もイチロー氏自身の打棒は衰えず、シーズン200安打以上を2010年まで10年間も続けた。

 ただ、マリナーズは徐々に弱体化し、2008年にはついに3桁の101敗(61勝、勝率.377)を喫する。この頃、イチロー氏は思わぬ反発を買うことになった。

「2008年のシアトルの地元紙に、チーム成績と関係なく淡々と個人成績を残し続けるイチロー氏のプレースタイルを『自分勝手』と断じ、『ぶっ飛ばしてやる』と息巻くチームメートまでいる──という記事が掲載されたのです。結局当時の監督がミーティングを招集して“イチロー襲撃”を未然に防いだとのことですが、当時のチームに、イチロー氏に嫉妬したり、不振の原因をなすりつけようしたりする選手がいたことは事実です」(前出の在米ライター)

 長い時間を経て、2019年3月21日に現役引退を表明したイチロー氏は、会見で「アメリカでは僕は外国人です。外国人になったことで、人の心を慮ったり、人の痛みを想像したり、今までなかった自分が現れた。孤独を感じて苦しんだことは多々ありましたが、その体験は未来の自分にとって大きな支えになるだろうと、今は思います」と感慨深げに振り返った。脳裏には2008年当時のことがあったのかもしれない。

学生野球資格を回復、度量の広さも

 現役引退後のイチロー氏は、丸くなったとまでは言わないが、研修を受けて2020年に学生野球資格を回復し、毎年高校球児の指導を行い、高校野球女子選抜チームとのエキシビションマッチも恒例化している。プロ球団の監督に就任することに関しては、「監督は絶対に無理です。これには絶対が付きます。人望がないんですよ、僕」と引退会見の時に否定していたが、いまは現役時代よりも圧倒的に度量の広さを感じさせる。

 だからこそ、満票での米殿堂入りを逃した際も、「1票足りないというのはすごくよかった」、「不完全であるというのはいいなと思います。生きていく上で不完全だから進もうとできる」、「そこに向き合えるのはよかったなと思います」とさらりと言ってのけ、ファンから喝采を浴びたのだった。

(取材・文/喜多山三幸)

デイリー新潮編集部

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