「堺正章」が大河ドラマ出演時に役のモデルにした知られざる“意外な人物” 芸歴70年の初著書で語った家族への想い
誰にも言わず心に秘めていた「裏テーマ」に気付いた俳優の名とは――?
そうして順調に撮影が続いたある日、主役の明智光秀を演じていた長谷川博己くんからそっと話しかけられた。
「堺さん、もしかして望月東庵はお父様をイメージなさっているのですか?」
ひっそりとやっていたはずなのに見抜かれていた。僕は「あ、バレてた?」と笑うしかなかった。
「それは親孝行ですね。きっとお父上は喜んでおられますね」
やわらかい笑顔でそう話す彼は、優しい上に鋭いところがある。誠実に役に取り組む真面目な役者さんだから、父の映画も観てくれていたのかもしれない。勉強家なのだ。父をイメージしながら演じたことは自分の中だけで完結する挑戦だったものの、気づいてくれた人がいたことは意外でもあり、かなり嬉しかった。
この大河ドラマには歌舞伎役者の坂東玉三郎さんも出演していた。僕とふたりで掛け合いをするシーンが多かったのだが、歌舞伎役者さんの持つ間合いというのは実に見事だ。たっぷりと間をとって、ゆっくりと語る玉三郎さんのセリフは、びっくりするほど重みがあり、そこにいるだけで正親町天皇としての威厳と風格がにじみ出ているようだった。
玉三郎さんの表現力の幅広さ、演技に対する厳しさ、ストイックさが、役者としてひたむきに精進してきた彼の生き方や歴史を感じさせる。歌舞伎の舞台を観に行くこともあるが、玉三郎さんの歌舞伎は、頭のてっぺんから足のつま先まで美しさの極みと言っていい。
美しく見えることこそが彼の正義なのだ。その場の空気をすべて支配するかのような圧倒的な存在感がみなぎっている。どういう思いでその場にいるのか。どんなテーマを静かにポケットにしのばせているのか――。
役者さんの佇まいや存在感というものは、そんなところから生まれるのではないだろうか。
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