いつか「路上ゲロ」も日本の名物に? 富士山コンビニにスクランブル交差点がお気に入り「外国人観光客」の“公害”が止まらない(中川淳一郎)

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 北海道美瑛町の人気撮影スポット、シラカバの並木が伐採されました。写真を撮る人が多過ぎる観光公害で、地元の農家の人にはエラい迷惑だったといいます。

 観光客が密集して通行に支障が出るほか、シラカバが日陰を作り農作物の生育に影響があったとも。

 去年は、コンビニ越しの富士山の雄姿が日本的だと外国人観光客に人気が出た山梨県富士河口湖町で、コンビニの反対側の歩道に高さ2.5メートル、幅20メートルの黒い幕を張る事態に。狭い歩道に撮影者が殺到し、横断歩道を使わず車道を突っ切るなど危険行為が横行。町は苦渋の決断を取りました。

 両方の件について「心が狭い」的な批判は出たものの、私は地元の人の心情を考えたら仕方ないかな、とも思います。観光客にしてみれば「非道な実力行使」と映るかもしれませんが、しょせんは他人事です。どうせあなたたち、1回来たらもう来ないでしょ? ネットに写真を公開して承認されたいだけでしょ。感傷的な意見を述べる人は、クマを駆除したらその自治体とハンターに抗議電話するような人じゃないの、と言いたくもなるでしょう。

 観光公害なんて、かつては想像もしませんでした。日本って物価は高かったし、オタク気質の風変わりな外国人にとっての「知られざる観光地」みたいなものでした。ところが2000年代以降、安くてサービスが素晴らしくて楽しいものがたくさんある、まさに「黄金の国」となった。

 その結果がシラカバ伐採と黒い幕。挙げ句は千葉県袖ケ浦市の道路沿いにヤシの木が並ぶ「千葉フォルニア」でも伐採をしてしまえばいい、なんて声まで。

 ここも観光客が写真撮影に殺到し、「路上での危険行為禁止」「路上駐車禁止」「路上での撮影禁止」と黒く大書された黄色いシートが木に貼られ、風情もへったくれもなくなりました。

 まさかの「魅力を減じる」という非常手段に打って出た例が相次ぎました。そこまで観光公害が深刻化している証左でしょう。

 観光で儲かる人なんて一握りです。宿泊業を含めた純然たる観光業に従事する人は当然として、あとは交通系・飲食系ぐらい。

 大多数の住民にとって観光客がもたらすメリットはあまりない。その最たる例が京都です。1990年代、冬の凛とした寒いあの街には人があまりおらず、この世の無常さに絶望したり失恋したりした(ことになっている村上春樹ファンの)若者が、ひと気のない哲学の道や嵐山の竹林を散策し、あてもなく人生の思索にふける姿を目にしました。あれはあれで風情のある光景でしたが、今やガヤガヤして竹よりも人が多い!

 しかし、外国人観光客は一体何が気に入るのか、分からないところがあるので油断はできません。私がギョーテンしたのは、1回の青信号で3000人が行き交うともいわれる渋谷スクランブル交差点を人々が渡る様がウケたこと。ギラギラの下品なネオン看板も、日本らしさがあって人気なのだとか。

 外国人のたくましい想像力に基づけば、路上ゲロ、繁華街を疾走するネズミ、道端で寝る酔っ払いたちもまた、日本の名物として人気の撮影対象になるのでしょうか。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』など。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2025年1月30日号掲載

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