続発する「通り魔事件」は本当に防ぎようがないのか…“奇声を発し、奇行に及ぶ隣人”が事件を起こす前に“私たちができること”

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一般申請は代理人を立てることもできる

 一般申請の運用については自治体によっても差があり、例えば政令指定都市である北九州市では、一般申請の適用は過去10年で2件しかない。2023年9月14日の市議会の本会議(一般質問)における市の見解によれば、2件のうち1件は息子に幻覚が出ている等の理由で親からの申請、もう1件は居住者が自殺念慮を再三口にしているなどの理由で、その家の所有者、代理人弁護士からの申請であった。いずれも保健所による本人や家族等との面接、主治医の見解等を踏まえ慎重なる協議が行われ、強制的な入院が必要という判断にはならなかった。しかし、その後は関係機関において支援方針が共有され、継続的な支援が行われたとのことである。この際、制度の周知についても質問がなされたが、市は、対象者の人権に重大な影響を及ぼすおそれがあることを理由に、市民への一般申請の周知には慎重になる必要がある、との見解を述べている。

 このように、一般申請という制度の周知すらネガティブな自治体がある一方で、鹿児島県や宮崎県などは県の公式ホームページに一般申請の手続きを記載し、「精神障害者の診察及び保護申請書」の様式も掲載している。ちなみに申請書には、申請者の住所や氏名など個人情報の項目もあるため、ハードルが高いと感じる市民もいるが、個人情報を記載しなくとも申請は可能だ。そして北九州市の事例でも分かるように、一般申請は家族でも行える。

 一般申請については、代理人を立てる方法もある。弁護士に依頼するほか、トラブルが起きている地域選出の議員とともに相談に行くことも可能だ。地域選出の議員は、地域の実情に精通している。また議員であれば、保健所に適宜、進捗状況を確認することもできる。

 繰り返しになるが、精神保健福祉に関する権限をもっているのは、警察ではなく行政(保健所)である。主導権が保健所にあるからこそ、精神保健福祉法第22条の制度趣旨に則り一般申請を活用することが非常に重要であり、すべての起点にもなる。

地域共生社会で一般市民に求められること

 対象者の家族や親族でもないのに、そこまでしなければならないのか、と感じる方もいるだろう。しかしこれはもはや、我々一般市民に課せられた責務である。この背景には、国策としての「地域移行・地域共生」がある。地域移行・地域共生は障害者の脱施設化を目的とし、日本でも2000年代に入ってから本格的に推進されている。例えば2014年には改正精神保健福祉法が施行され、保護者(家族)が、患者に治療を受けさせる義務規定もなくなった。現在では精神科病院の入院治療も「本人の同意」による任意入院が中心であり、仮に入院できても病状にかかわらず早期退院を促される。

 病識のない重篤な精神障害者を抱える家族は、やがて対応をあきらめ、本人を置いて家を出てしまうこともある。平原容疑者もかつては妻子と暮らしていたが、事件時には離婚し独居となっていた。また、捜査機関への私の取材では、容疑者が期限切れの障害者手帳を所持していたとのことである。平原容疑者の奇声や奇行は、受療中断や服薬中断による病状悪化であったのではないか。近隣住民からの110番通報を受けた警察が、精神保健福祉法第23条もしくは同法第47条に基く通報、相談を行っていたことは想像に難くない。障害者手帳の件を把握していた自治体(保健所)は、支援が中断したことにより事件が起きてしまった責任を痛感しているのではないだろうか。

 地域住民が危機的状況を把握していながら、事件は起きた。私には、地域が丸ごと孤立していたように思える。そして何の罪もない2人の中学生がその犠牲になった。今後、同様のいたましい事件を防ぐためにも、地域住民が協力しあい、奇声や奇行の記録をもって警察署や保健所に相談に行く。そして一般申請という制度を積極的に活用し、当事者の孤立を防がなければならない。これらの問題がすでに「家族の問題」ではなく「地域の問題」になった以上、地域住民には、一人ひとりが初動対応を含めた支援の担い手となることが求められている。

取材、文=押川剛
1968年生まれ。福岡県北九州市出身。ジャーナリスト・ノンフィクション作家・株式会社トキワ精神保健事務所所長。社会福祉法人高塔会理事長。専修大学中退、北九州市立大学卒。1996年、“説得”による「精神障害者移送サービス」を日本で初めて創始。移送後の自立・就労支援にも携わる。その活動は国内外から注目を浴び、ドキュメンタリーが多数放映される。著書に『子供部屋に入れない親たち』『「子供を殺してください」という親たち』『子供の死を祈る親たち』など。

デイリー新潮編集部

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