続発する「通り魔事件」は本当に防ぎようがないのか…“奇声を発し、奇行に及ぶ隣人”が事件を起こす前に“私たちができること”
精神保健福祉行政の永遠なる課題
病識のない重篤な精神障害者を抱える家族にとって一番の難題は、本人を適切な医療につなげられないことだ。医療やその先の支援につながれなかったために、家族や近隣住民が被害に遭う事件は枚挙に暇がない。2019年に起きた農林水産省元事務次官による長男殺害事件のように、将来を憂いた家族が本人に手をかけてしまうこともある。医療アクセスの問題は、日本の精神保健福祉行政においても永遠なる大きな課題なのだ。筆者はこの課題を社会問題として提起するために、漫画『「子供を殺してください」という親たち』を通じて、より分かりやすい形で現実を訴えてもきた。
こういった長年の経験から、報道を見て即座に、平原容疑者にも精神疾患の兆候を感じた。奇声や奇行が日常的にあったことは近隣住民提供の映像からも明らかであり、それはすなわち、近隣住民も危機感を抱いていたことに通じる。事件を未然に防ぐためにも、容疑者を孤立させてはならなかったのだ。そこで孤立を防ぐ方法の一つとして、私が「精神障害者移送サービス」を行うなかで蓄積してきた、一般市民ができる対応方法の一つを教示したい。
記録をもって、生活安全課及び保健所へ相談
私の事務所には地域住民から寄せられる相談もある。対象者が奇声を発している、意味もなく怒鳴りつけられるなどのほか、自家用車を傷つけられるなど器物損壊の被害を受けていることもある。マンションなど集合住宅では、壁や天井、床などをドンドン叩かれるといった相談も少なくない。対象者が廊下で放尿したり植え込みの木を切ってしまったりするため、管理組合が対応を迫られているケースもあった。このように近隣の問題は、すでに集合住宅全体、地域全体の問題になっている。
そこで、まずは地域の町内会や自治会(集合住宅なら管理組合)がトラブルの内容を共有したうえで、対象者の言動(奇声や奇行など)の記録をとることが重要だ。そしてその記録をもって、所轄警察署の生活安全課に相談に行く(もちろん実害が生じている時には、その場で110番通報をする)。精神保健福祉法第23条(警察官の通報)では、警察官はこのような挙動や自傷他害の恐れのある者について「最寄りの保健所長を経て都道府県知事に通報しなければならない」と義務付けられている。また、警察官通報の要件に該当しなくとも、精神保健医療福祉の支援が必要と判断される者については、同法第47条(相談及び援助)に基づき自治体(保健所)への相談を行い、適切な支援が受けられるよう配意することも定められている。
精神保健福祉に関する主管行政機関は保健所であるため、保健所への相談も欠かせない。この際に重要になるのが、精神保健福祉法第22条(一般申請)の活用だ。条文には、「精神障害者またはその疑いのある者を知った者は、誰でも、その者について指定医の診察および必要な保護を都道府県知事に申請することができる」と定められている。もっとも一般申請は慎重な手続きが求められるものであり、申請が受理されたからといって、すぐに入院治療などにつながるものではない。申請に基づき保健所の職員が自宅を訪問しても対象者が不在であったり、面談を拒否されたりすると、事態が先に進まないこともある。このような場合に備え、対象者の言動を音声や動画で録音・撮影しておくことが有効になる。これらの記録があれば、職員が対象者に会えなくとも、現状を把握してもらえる。
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