続発する「通り魔事件」は本当に防ぎようがないのか…“奇声を発し、奇行に及ぶ隣人”が事件を起こす前に“私たちができること”
教科書通りの被害妄想
長野県で男女3人を刺した男が事件発生から4日後の1月26日に逮捕された。黙秘を続ける46歳の容疑者について報じられた際、昨年末に起きた“通り魔事件”を思い出した方もいただろう。
昨年12月14日、北九州市小倉南区のファストフード店で、中学3年生(15歳)の男女2人が、見知らぬ男から殺傷される事件が発生した。2人のうち女子中学生は亡くなり、男子中学生は致命傷になりかねないほどの重症を負った。同月19日に男子中学生に対する殺人未遂の疑いで、現場近くに住む平原政徳容疑者(43歳)が逮捕された。平原容疑者は逮捕後の取り調べに容疑を否認し、「入店前に二人と目が合ってバカにされたと思った」と供述している。
北九州市は、筆者が生まれ育った地域である。現場となったファストフード店も利用したことがあり、他人事とは思えずいつにも増して報道を注視し、一刻も早い犯人逮捕を願っていた。そして、容疑者逮捕後のマスメディア各社の報道を見るにつけ、「この事件は防ぐことができた」と確信した。【押川剛/ジャーナリスト、ノンフィクション作家、株式会社トキワ精神保健事務所所長】
【写真】中3殺傷「平原政徳」が軍歌を大量に流し、拡声器で大騒ぎしていた一軒家
報道では逮捕直後から平原容疑者をよく知る人物の証言が相次いでおり、その多くは事件前の彼の言動を伝えていた。例えば近隣住民は、平原容疑者が一人で暮らすようになって以降、拡声器を使って奇声を上げたり、軍歌を大音量で流したりする奇行が目立つようになった、と証言している。報道では、これらの様子を近隣住民が撮影した映像も流されていた。近隣住民は110番通報もしており、警察官が2度にわたり「騒音被害」で現場に駆けつけているという。
また、平原容疑者の行きつけだった理髪店の店主は、来店すると子供のことなどを話していた容疑者が、一昨年1月の来店時は話しかけても会話にならず、目の焦点も合っていないなど「完全に人が変わってしまっていた」と感じていた。送検される容疑者の映像をみた元同級生が、「人相が変わった。別人だ」と驚いていたという報道もあった。人相や人柄の急激な変化や目の焦点が合わないなどは、精神疾患の服薬を中断した人の病状の場合もあり、逮捕後の「入店前に二人と目が合ってバカにされたと思った」という供述内容も、教科書通りの被害妄想でもある。
重篤な精神障害者ほど病識を持てない
筆者はこれまで約30年にわたり、「精神障害者移送サービス」を生業としてきた。「精神障害者移送サービス」とは、病識(自分が病気であるという認識)のない精神障害者(あるいはその疑いのある人)を、説得により医療につなげる仕事である。例えば身体の病気では、痛みや不調などを感じることもあり、自ら医療機関を受診しようと思う。しかし精神疾患の場合、病状が重篤である人ほど病識が持てないことが多く、自ら受診しようとは考えない。家族など周囲の人が受診を勧めても、本人が精神疾患そのものを否定し、関係がこじれてしまうことも多い。
筆者は家族からの依頼を受け、そのような精神障害者(あるいはその疑いのある人)を医療につなげてきた。もちろん医師ではないため、家族の言い分だけを聞いて「精神疾患だ」と決めつけることはできない。医療機関につなげるまでには、家族へのヒアリングのほか、対象者の言動や行動を入念に視察調査し記録をとる。近隣に住む方々はもちろん、時には対象者の学生時代の恩師に話を聞きに行くこともある。そうやって収集したエビデンス(証拠や根拠)をもって、まずは管轄の保健所、次いで危機管理上、所轄警察署(生活安全課)に相談する。医療機関等との連携は保健所の役割であるため、適切な医療機関を紹介してもらい、家族とともに相談に行く。そこで治療の必要性があると判断されて初めて、病院への移送を行えるのである。
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