日本人だけが知らないトランプ大統領「WHO脱退」表明の真相…「コロナの起源」を巡る“米世論の不信感”が後押ししていた

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パンデミックは“米中合作”の可能性も

 以降、報道は加速し、驚愕の事実が次々と明らかになった。

 それは例えば、米国立衛生研究所から受けた資金をもとに武漢ウイルス研究所が「機能獲得」の実験――すなわち遺伝子を操作し、ウイルスの毒性や感染力を強める実験を行っていたこと(ワクチン開発などのために確立された手法だがリスクが高い)。ニューヨークに本部を置く「エコヘルス・アライアンス」という非営利組織を経由して、約60万ドルが武漢ウイルス研究所に流れていたこと――などだ。

 なんでこんなややこしい資金調達をするのか。紐解いていくと、流出リスクを懸念したオバマ政権が14年、機能獲得研究への資金提供を凍結した事実に突き当たる。研究を継続するために考案された方法が、国外で唯一、高度な研究を行っていた武漢ウイルス研究所との提携だったのである。

 DRASTICが21年9月に発掘した資料を端緒にした報道で、エコヘルスの代表がコロナ禍前の18年3月、アメリカ政府にある助成金申請書を提出していたことも明らかになった。

 この資料では、のちにパンデミックを引き起こす新型コロナによく似た特徴を持つウイルスの探索と作成を提案する実験を武漢ウイルス研究所と準備中であることが示唆されていた。

 パンデミックは“米中合作”の帰結だった可能性が現実味を帯びて受け止められるのは当然で、これが大きく報じられない日本の平和ボケも相当なものだ。

米世論を知らなすぎる日本

 確かに、野生のタヌキを中間宿主とする論文も発表されるなど、日米の科学者たちの間では今でも自然発生説は有力視されているから結論を断じづらい。が、状況証拠を突きつけられ、アメリカの世論は動いた。米調査会社ユーガブなどが23年3月に発表した世論調査では、アメリカ人の66%が研究所流出説を支持したのに対し、自然発生説を支持する人は16%にとどまっている。

 2025年の第二次政権の初日から鼻歌まじりに「WHO脱退」を言い出すトランプの挙動も、こうした米世論が背景にあることは、知っておいてよいはずだ。

 マスク着用やワクチン接種を推奨したことに加えてウイルスの自然発生説――。極端なアメリカの保守派は、WHO・科学者コミュニティが重んじてきたこれらの知識をいずれも否定する。科学者への反感をたぎらせたそうした保守派から攻撃の対象となってきたのは、22年末に公職から退いた元国立アレルギー・感染症研究所長のファウチ氏である。

 昨年6月には議会で3時間半も吊るし上げられ、傍聴希望者の列には「ファウチを刑務所に」と唱える者もいた。政権移行間際の1月20日、前大統領のバイデン氏は「不当な政治的動機に基づく訴追」を懸念して異例の「予防的な恩赦」をファウチ氏に与えた。するとWHO脱退宣言からまもない1月24日、こんどはトランプ氏がファウチ氏の公費による身辺警護を解除した。新旧の大統領に貢献したはずの科学者に、それぞれから“恩赦”と“攻撃始め”の犬笛のような指示が放たれる、異様な事態である。

 1月25日、中央情報局(CIA)が、「パンデミックは中国の武漢ウイルス研究所で発生した事故が新型コロナウイルスの発生源である可能性が高い」と分析したインテリジェンス報告が明らかになった。「低い確信度」と留保が付けられているが、トランプ側近でもある新CIA長官が、人事承認が通ってすぐに秘密を解除した。

 権力の絶頂を謳歌することに夢中のトランプ氏がWHOへの関与を放棄したり弱めたりすれば、WHOの中国化に振り回されるのは加盟国だろう。とりわけ米中に次ぐ第3の資金拠出国である日本がボケている場合ではないはずだ。

広野真嗣 ひろの・しんじ
1975年、東京都生まれ。慶応義塾大法学部卒。神戸新聞記者を経て、猪瀬直樹事務所のスタッフとなり、2015年10月よりフリーに。17年に『消された信仰』(小学館)で第24回小学館ノンフィクション大賞受賞。近著に『奔流 コロナ「専門家」はなぜ消されたのか』(講談社)。

デイリー新潮編集部

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