米大手医療保険会社CEOを銃殺した青年が“大人気”に… 「テロリストが英雄視」される事態が示す恐ろしい未来とは?(古市憲寿)
社会変革にはいくつかの方法がある。民主主義の国では選挙による政権交代が王道だが、別の手法で強引に社会を変えようと企む人がいる。テロリストだ。時にはテロリストが英雄視されることもある。
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アメリカでは、ルイージ・マンジョーネという若者が大きな話題を呼んでいる。彼は2024年12月4日、大手医療保険会社のCEOを銃で殺害した。これだけ聞くとただの殺人事件なのだが、アメリカ世論の受け止め方は違った。
特にSNSで彼はセレブ並みの注目を浴び、さながら映画「ジョーカー」のような騒ぎだった。5日間の逃亡の末、マクドナルドで逮捕されたのだが、通報した店員は批判され、マクドナルドも大炎上するありさま。収監された刑事施設では「ルイージを解放しろ」とのデモが起こり、起訴後は多額の弁護士費用の募金活動が活発化、陪審員裁判で無罪になる可能性まで取り沙汰されている。
なぜアメリカでルイージはここまで熱狂的な人気を得たのか。まず殺害の動機が「公的」だったこと。彼自身はサンアントニオの、ラジオ局も持つような資産家の息子で、名門ペンシルベニア大学を卒業している。金目当ての犯行などではない。ではなぜ殺害に及んだかというと、アメリカの医療保険制度を変えるため。
確かにアメリカの医療制度はひどい。僕の友人も月数十万円の医療保険を払っているが、すぐに病院へ行けるわけではない。医者に電話で相談するだけでも1分ごとに高額が請求される。しかも保険金の遅延や請求の拒否も珍しくない。そのせいで適切な医療が受けられず命を落とす人もいる。
だが医療保険業界や製薬業界は多額の政治献金をしていて、おいそれと政治家は口出しできない。またメディアにとっても大事なスポンサーなのでやはりこの問題に及び腰。マイケル・ムーア監督の「シッコ」は例外的な存在だった。
そこで立ち上がったのがルイージ、というわけである。政治やメディアを通じた平和的な社会変革が期待できない問題に対して、暗殺という手法を選んだ。テロリストが英雄視されるのは法治国家にとっては由々しき事態だ。だがもし暗殺以外にその問題を解決する方法がないように見えたら?
人類史は暗殺と共にあった。特に古代帝国など強大な権力を持つ独裁者などは、暗殺の対象になりやすかった。その人を殺すことで実際に国が変わるからだ。一方で現代民主主義国家のトップには、絶対に代わりがいる。保有する権力も高が知れている。暗殺の「メリット」は大きくない。
だがこれから民主主義が衰退していくとどうなるか。残念ながら暗殺は増えるのだろう。そもそもアメリカでルイージが英雄視されているのは、民主主義退潮のサインともいえる。政治家だろうがCEOだろうが、一人が殺されたことで変化するように見える社会は、そもそも歪(いびつ)なのだ。アメリカはどうなっていくのか。他の大手保険会社CEOも暗殺におびえているという。