ネトフリ「阿修羅のごとく」はNHK版と何が違う? 「四姉妹の生活と関係性がより生々しく描かれた印象」

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 令和だというのに、ドラマ界はいまだに昭和の向田邦子脚本を忘れられない。といっても若い方は向田邦子の偉業と悲運を知らないだろうし、50代以上の向田邦子オールドファンが声を大にして彼女を愛し続けているだけなのだが。ええ、私もその一人。特に「阿修羅のごとく」には思い入れがある。昭和に観たNHKのドラマと同じようなことが平成のわが家にも勃発。今では両親とも「恍惚の人」になり、すっかり「恩讐の彼方に」なのだが、母の積年の憤怒を知ったとき「まさに阿修羅だ」と驚いた記憶が。母が向田邦子の本を愛読していたことにも合点がいく。

 そんな与太話はさておき。是枝裕和監督がやってくれましたよ、Netflixで令和版を。令和版といっても、舞台や設定は向田邦子の世界を踏襲、セリフもほぼ忠実だ。エピソードの並べ替えや割愛も納得、つじつま合わせも最小限の加筆で、作品への愛と敬意が伝わってくる。

 舞台は昭和54年。寡黙な父(國村隼)に愛人がいることを知った三女・滝子(蒼井優)が、姉妹を集めるところから物語は始まる。滝子は興信所の勝又(松田龍平)に調べさせ、相手の女(戸田菜穂)には男児がいることも判明。何も知らずに父に尽くしてきた母(松坂慶子)を慮り、四姉妹は一致団結……しない。長女の綱子(宮沢りえ)はやもめだが、生業は華道家。顧客である料亭の旦那(内野聖陽)と、どっぷり愛欲不倫中なのだ。四女の咲子(広瀬すず)はボクサー(藤原季節)との恋愛に夢中。次女・巻子(尾野真千子)だけは真剣に画策するが、夫の鷹男(本木雅弘)にも女の影がちらつき、心ここにあらず。滝子も勝又の朴訥さに引かれ、女の喜びに目覚めていく。正直、父の浮気どころではない娘たちの四者四様の心模様を描く。

 役者陣の持ち味も存分に生かされ、四姉妹の生活と関係性がより生々しく描かれた印象も。色気と食い気と茶目っ気を倍増、パワーアップした感じが好きだわ。

 綱子役の宮沢は着衣のままでも匂い立つ色気を醸し、コミカルな動きで頼りなさとちゃっかり感を魅せる。嫉妬と猜疑心を垣間見せる一方で、家庭を切り盛りする主婦のたくましさを見せたのは巻子役の尾野。向田脚本では、綱子の愛人がとったうな重を拒んで放り投げるのだが、尾野はがっつり頬張った。そもそもこの作品ではすしにすき焼き、割った鏡餅を油で揚げた揚餅におにぎりなど、食べる場面が多い。女の食い意地は貪欲や倹約だけでなく、怒りや寂しさの表現でもあるのだ。

 不倫する側とされる側、相反する長女と次女の距離感を縮めて描いたのも新鮮。

 蒼井は女としてドラスティックに変貌を遂げる滝子を体現。見た目で誤解されがちだが、実は一途で忍耐強い咲子は、すず適役。二人とも昭和女優話法で興味深い。この四姉妹、最高!

 女の本懐が異なる姉妹たちがかしましく右往左往する様がおかしくて愛おしい。もちろん男たちも滑稽だ。女を阿修羅と言う男も大概、業が深い。令和は正しくて優しい作品が増殖中だが、間違える人のみっともなさも必要だと改めて思ったよ。

吉田 潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2025年1月30日号掲載

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