筒井康隆(90)原作、長塚京三(79)主演の映画「敵」が話題…繁華街の映画館に“高齢の観客”が押し寄せる理由
パリ留学経験のある長塚京三の演技
【65歳、女性、元事務系】
「5年ほど前に主人が亡くなり、いまは、おひとりさまです。定年退職後は、友人がやっている喫茶店にお手伝いのバイトに行ってます。映画やお芝居が好きなので、こうやって、時々、出かけています」
なぜ、この映画を観ようと思ったのですか?
「TBSラジオの『安住紳一郎の日曜天国』が好きで、毎週聴いてるんですが、そこに、長塚京三さんがゲストで出演してたんですよ。その話に驚いちゃって。長塚さんて、パリのソルボンヌ大学に留学していて、現地のフランス映画でデビューしたんですって。どおりで、どこか知的な感じがあるなあと思っていたんです。しかも長塚さん、あまりにゆっくり、ボソボソと話すので、早口の安住さんと、かみ合わないんです。そのギャップが面白くって。きっと映画『敵』も面白いのだろうと、予備知識なしで観にきました」
長塚京三は、現在79歳。1974年に、フランス映画『パリの中国人』(ジャン・ヤンネ監督)で俳優デビューした。毛沢東主義がヨーロッパを席巻する、パロディ政治映画で、長塚はパリ駐在の中国人政治家を演じている――で、どうご覧になりましたか?
「もう、びっくり仰天ですよ。何なんですか、この映画。わたしなんかには、よくわかりませんでした。ただ、すごい迫力でしたね。人生の最期に、夢と現実がごちゃまぜになるっていう話ですか。死んだ奥さんまで出てくるし。長塚さんの役柄が元大学教授で、しかもフランス文学と演劇が専門だという設定でした。これ、現実の長塚さんそのものじゃないですか。ラジオを聴いておいてよかったです。長塚さんをイメージしてできた映画なわけでしょう?」
ちがいます。もともとの原作が、そうなっているのです。つまり、原作の設定と、演じた長塚京三が、あまりにピッタリだったのです。
【68歳、男性、飲食店経営】
「女房と、小さな定食屋をやっています。年齢的にもきつくなってきたのですが、結婚が遅かったので、下の子供が、まだ高校生なんですよ。もうすこし、がんばらないと。今日は、日曜で休業なので、一人で観にきました。女房は昼寝してます」
なぜ、この映画を観ようと思ったのですか?
「常連のお客さんから、“食べ物がすごく美味そうだから、絶対観ておけ”と、薦められたんです。最初、『孤独のグルメ』と勘ちがいしてたんですが、話を聞いていると、筒井康隆の原作だというじゃないですか。中学生のころ観た、NHKのドラマ『タイム・トラベラー』(原作『時をかける少女』)の大ファンだったので、あまり深いことを考えず、観にきました。希望の回が満席だったので、次の回を買って、時間をつぶすのに苦労しました」
『時をかける少女』といえば、後年の原田知世主演の映画や、アニメーションが有名だが、ある世代にとっては、NHK『タイム・トラベラー』のほうが強烈な印象となっているのである――で、どうご覧になりましたか?
「当たり前の話ですが、『時をかける少女』どころでは、ありませんでした(笑)。しかし、たしかに食べ物のシーンは、すごくよかったです。料理を自炊するシーンが実に細かく描写され、何回も登場するんですね。鮭の切り身をコンロで焼いているところなど、モノクロなのに、色や匂いまで感じられるようでした。焼き鳥は、レバーをまるごと買ってきて、ていねいに切って、牛乳に漬けて血抜きの下処理をしているのにも感心しました。しかも、そのあと、ちゃんと串に刺して焼いているんです。『居酒屋兆治』の高倉健みたいでした。あんなに食べ物を美味しそうに見せる映画も、珍しいんじゃないですか。辛口のキムチを食べ過ぎて“下血”するシーンも笑ってしまいました」
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