筒井康隆(90)原作、長塚京三(79)主演の映画「敵」が話題…繁華街の映画館に“高齢の観客”が押し寄せる理由

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主要3部門を独占受賞

 映画「敵」(吉田大八脚本・監督)が大ヒットしている。休日は満席の回が続出。しかも観客の大半がシニア=“老人”である。いまどき、繁華街の映画館が“老人”で埋まるとは、なかなか不思議な光景である。

 まずは、どんな作品なのか、昨年から取材していたという、映画ジャーナリスト氏に解説してもらおう。

「昨年秋の第37回東京国際映画祭・コンペティション部門に出品された作品です。東京グランプリ&東京都知事賞、最優秀監督賞(吉田大八)、最優秀男優賞(長塚京三)の主要3部門を独占受賞しています。昨年のコンペ部門は全部で15作品が出品され、そのうち5本が、いま勢いのある中国・香港・台湾系の作品。それだけに日本映画は押され気味かと思われたのですが、それらをおさえて『敵』の評価は圧倒的でした。映画祭では3回上映され、どれも満席で、当初から高評価でした」

 審査委員長で香港の人気俳優、トニー・レオンは「本当に心打たれる素晴らしい映画です。ユーモアのセンス、素晴らしいタッチ、そしてエレガントで映画的表現として新鮮な作品。すべて完璧に仕上げていました」との講評を述べた。

「原作は筒井康隆で、文庫版の解説で川本三郎氏が〈老人文学の傑作〉と評している小説です。前半は、77歳の元大学教授・渡辺儀助の、晩年のひとり暮らしの様子を淡々と描いています(原作では75歳)。しかし後半で、メールで届く、〈敵がやってくる〉との不気味なメッセージに脅かされ(原作ではパソコン通信)、次第に、なにかに追い詰められていくというストーリーです。1時間48分、ほとんどが古い家のなかで展開する、モノクロ・スタンダード作品です」(映画ジャーナリスト)

 そんな〈老人文学の傑作〉が映画化され、映画館に実際に“老人”が詰めかけているというわけだ。では、そんな映画を、当の“老人”たちは、どう観たのだろうか。1月17日公開以来、東京都内では7ヶ所の映画館で上映された。そのうち、テアトル新宿とTOHOシネマズ シャンテ(日比谷)で、映画ジャーナリスト氏の協力も得て、鑑賞後の“老人”の方々に聞いてみた。

私も最期はあんな風に……

【70歳、男性、元商社勤務】
「いまは、週に1回、小さな会社の顧問会議に顔を出すだけで、ほかに仕事はしていません。子どもはすでに結婚独立しており、女房と2人暮らしです。今日は、ひとりで観に来ました」

 なぜ、この映画を観ようと思ったのですか?

「毎日新聞夕刊の映画評で、〈目が離せない〉とか〈前のめりになる〉などと、かなり大きく紹介されていたんです。しかも、自分とおなじ、定年退職後の男性の話だという。そこで、興味をもって観に来ました。原作小説は、読んでいません。映画館に来たのは十年ぶりくらいです。ネットで早めに切符を買ったので入れましたが、すぐ満席になっていたので驚きました」

 で、どうご覧になりましたか?

「身につまされました。要するに、あれ、主人公に死期が迫ってノイローゼになってるんですよね? ああ、私も最期は、あんなふうに、〈敵〉に襲われるような気分になって、この世を去るのかなあと、なんともいえない気持ちになりました。でも、観てよかったです。だれでも安楽な最期を迎えられるわけじゃないんだ、みんなつらい目にあうんだなあと、ちょっと安心しました」

【68歳、男性、元高校教師(国語)】
「一昨年まで、高校で非常勤講師をやっていました。いまは、地域の読書会の幹事をやっているだけで、年金と貯金で暮らしています。今日は、家内と2人で観にきました」

 なぜ、この映画を観ようと思ったのですか?

「筒井文学のファンなんです。わたしは、星新一、小松左京、筒井康隆の“SF御三家”で育った世代です。星さんと小松さんが亡きあと、筒井さんは、90歳の現在まで、断筆の時期もありましたが、とにかくずっと書きつづけている。なんだか、自分と並走して人生を歩んでくれているような気がしていました。それだけに『』が映画化されたと知って、とにかく観なくてはと、駆けつけた次第です」

 原作は、新潮社の〈純文学書下ろし特別作品〉として、1998年1月に刊行された(現・新潮文庫)。執筆時、筒井氏は64歳だった。断筆宣言解除後、再開した時期の作品である――で、どうご覧になりましたか?

「てっきり、原作小説を“素材”にして、換骨奪胎したような映画かと思っていたのですが、かなり原作に忠実なので、ちょっと驚きました。特に原作の〈戦闘〉〈侵略〉などの章は、カットされるような気がしていたのですが、独特の表現方法で、ちゃんと描かれているので感動しました。ああいう部分が筒井テイストなんですが、この監督は、わかっているなあと思いました。20年ほど前に、『パプリカ』がアニメ映画化されましたが、あれにならぶ、筒井文学の傑作映画化だと思いました」

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