人質の耳を削ぎ落とし、服を脱がせて“人質の盾”に…「三菱銀行人質事件」残虐にして猟奇的な“犯人”と“大阪府警”息詰まる42時間の攻防
容赦なく発砲する犯人
「とにかく寒かった」
事件に対峙した警察官や、現場で取材した新聞記者たちは異口同音にそう言う。発生日となった昭和54年1月26日は金曜日。この日の大阪地方の天気は晴れで、平均気温は9.7度。最高は12.8度だった。
午後2時30分ごろ、帽子をかぶりサングラスに白マスク、茶色のコートを着装した男(この衣類は“変装用”でもあった)が、車で三菱銀行北畠支店に乗り付け、上下2連式散弾銃1丁と実包33発、現金強奪用のリュックサック1個を携えて同支店北出入り口から店内に押し入った。当時、行内にいたのは支店長以下行員34人。そして来客が17人だった。
「金を出さんと殺すぞ、十数えるうちに、5000万円を出せ!」
連続3発の威嚇発砲をしながら犯人が叫ぶ。その3分後、卓上電話で「強盗だ。110番してくれ」と救護を求めた営業係員(20)に向けて犯人は発砲。散弾を右顔面に命中させて殺害した。そして、近くのフロアにしゃがんで避難していた貸付係員(26)にも発砲。右後頭部に散弾を命中させ、全治7か月の重傷を負わせた。
さらに3分後。威嚇射撃の音で銀行強盗と直感し、すぐに店外に脱出した女性の訴えを受けて、けん銃を構えてロビーに駆けつけた住吉警察署警ら課(注・現在は地域課)係長、楠本正己警部補(52)に連続発砲して散弾2発を顔面や胸部に命中させ、殺害する。その2分後、急訴重要事件の至急報を受け、大阪府警本部通信指令室の指令によって駆けつけた阿倍野警察署警ら課、前畠和明巡査(29)の胸部にも散弾を命中させて殺害した。
〈これ以上、犠牲者を出してはいけないと思い、「金を出すから撃つのはやめてくれ」と言って、定期預金係のキャビネットから現金2~300万円(注・正確には283万3000円)を出して、犯人が投げだした赤いリュックサックの中に入れたが「こんなはした金ではあかん」と怒号し、かえって犯人を刺激させる結果となってしまった。この時、支店の自動ドアから、年配の制服警察官がけん銃を持って勇敢にも犯人と向き合い「撃つなら撃ってみろ」と敢然と対峙して撃ち合いとなった〉
〈警察官は拳銃を構え、中腰となって入り、犯人めがけて一発を発砲すると、犯人も連続して二、三発猟銃を発砲した。警察官はロビーに横ばいとなって倒れかかったが、勇気を奮い起こし、犯人に向けまた一、二発、発砲したが、逆に犯人の散弾が命中し、口のあたりから血を流しながらも、なおもけん銃を構えていたが手が震え、気力を失い、ばったり倒れた〉
それぞれ、楠本警部補の殉職を目の当たりにした被害者による、当時の証言である。
楠本警部補は、近くにいた銀行員の足を触り、「110番、110番」と叫びながら、やがて動かなくなったという。やがて犯人は銀行が警察によって包囲されたことを知ると、行員に命じて店のシャッターを閉鎖させる。そして、
「こうなったのも、金を出さなかったお前の責任や」
と、怒号しながら、支店長(47)を射殺した。
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