途端に仕事がラクになる? 労働者の最大のモチベーションは「怒られたくない」にあると理解せよ(中川淳一郎)

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 小物労働者のモチベーションが「怒られたくない」にあることは会社員だった2000年、27歳の時に喝破しました。「社会の役に立ちたい」や「お客様の笑顔のため」は建前のうそっぱちで「カネをもらうためには怒られてはならない」。これが最大の仕事の動機付けなのです。

 この真実に気付いたのは、帝国ホテルで開かれた、世界的自動車メーカー主催によるSDGs関連のイベントで裏方をやった時のこと。当時は「持続可能なモビリティ」という言い方でした。

 イベントの運営会議の席上、主催のメーカーの課長が私の上司に「会長が来た時、専用のエレベーターは用意してもらえるんですか? 会長が他のお客さんと同じエレベーターに乗るのは具合が悪いのです。その時間、従業員用エレベーターを会長専用にしてもらいたい」と言いました。

 上司は鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべて、「はっ? さぁ……、それはいかがでしょうか……」と返答。すると課長は「それくらい調べておくのが広告会社の仕事でしょ!」とキレます。そこで上司が慌てて私に「おい、中川、帝国ホテルに電話して聞いてくれ!」と言うので、私はホテルに連絡しました。

 返事は当然「不可」です。

 宴会があるため、数分といえど、特別待遇はできないとのこと。私は「日本を代表する会社の会長さんなんですよ、ネッネッ!」とすがります。課長の意に添わぬ返事を持ち帰って怒られたくはなかったので。

 結果的に「無理です」との返事を持ち帰り、重い気分で伝えたら課長は「あ、そうですか」とアッサリ。

 分かった! 課長は後の社内会議で会長専用エレベーターの使用可否について質されると察知、事前にホテル側の回答を得ておきたかったわけですね。そこで答えられなかったらお叱りを受け、無能扱いされかねない。つまり課長もまた、怒られたくない小物でした。

 かくて勤労者のモチベが「怒られたくない」にあると分かると、途端に仕事がラクになってきました。

 私のようなフリーランスの下請けは「発注主が怒られない」ことを心がければ、発注主からの覚えがよくなり、仕事は維持される。だからこそ、発注主には「上司が怒ったらオレのせいにしてください。あなたの責任回避だけを考えてください。こちらはどうせ社内での立場などないので気にせず利用してください」と告げるようにし、結果、良好な関係が保たれます。

 しかし、小物が勝手に下の方でさまざまな配慮やら忖度をしても、大物がそれをなんとも思っていないってことはあるんだな、コレが。

 この会社では「会長がエレベーターを使うことがあったら専用にすべし」との不文律があったかもしれません。でも、大物たる会長がエレベーターごときで文句を言うかってな話です。怒られたくない小物が勝手に「専用エレベーターを用意しなくては」と先回り。下の方で「私は気が利きます合戦」が展開されていただけというのがオチかと。

 コレが生きる知恵だとしたら、若者たちが教えられる「自分らしくあれ」「出る杭になれ」なんて、馬鹿げた失敗ロードへ一直線。

 新成人の皆さんに、そのことをお伝えしておきます。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』など。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2025年1月23日号掲載

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