「30歳で子供もいることを理由に代表になれなかった」 悔しさを語らず育てた教え子が“パリ五輪銀メダル” 飛び込み界をけん引した「馬淵かの子さん」指導者としての人生

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飛び込みには天賦の才が必要

 昨年8月、パリ五輪男子高飛び込みで、17歳の玉井陸斗さんが銀メダルを獲得。日本の飛び込み競技界において五輪で初めて表彰台に立つ快挙を成し遂げた。

 玉井さんをこの競技に導いたのは、68歳年上の馬淵かの子さんである。体のラインが良く、体幹もしっかりしていると、体験教室に来た当時小学1年生の玉井さんに注目した。

 飛び込み競技には「高飛び込み」と「飛び板飛び込み」があるが、着水まで2秒ほどの間に、空中回転、ひねり、体を丸めるといった演技を行う。そしてしぶきを立てず、水に穴を開けるように入っていく。技術、美しさを競う採点競技だ。

 空中で演技する感覚を努力で養うのは難しく、飛び込みには天賦の才が必要だと馬淵さんは考えていた。指導にまず必要なのは磨けば光る原石の見極めだった。

30歳で子供もいることを理由に代表になれなかった

 1938年、神戸生まれ。父親は洋画家。子供の頃は泳げなかったが、私立松蔭中学で飛び込み競技を始め、すぐに頭角を現す。56年の五輪初出場のメルボルン以来ローマ、東京と五輪連続出場。好調で迎えた東京では大歓声に押され、得意とする飛び板飛び込みで7位に終わった。

 同じく飛び込みの選手で五輪に2度出場した馬淵良さんと62年に結婚。66年に長女を授かる。なお国内トップの成績を維持しメキシコでの捲土重来を期すも、30歳で子供もいることを理由に代表になれなかった。若手優先の曖昧な選考基準に怒り、36歳まで現役を続行。70年アジア大会での金メダルなど成果を残す。

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