「なぜ日本の政治家は少子化対策に無関心なのか?」 石破さんの“正直過ぎる回答”にもはや感動(古市憲寿)

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 初めて鳥取市に行ってきた。出会った人はみな理知的で気さくだったのだが、驚いたのは街の風景だ。仕事柄、国内外の多くの街を訪れるが、これほど寂しい場所は初めてかもしれない。駅前から続くのは長いシャッター商店街。ようやく明るい店を見つけたと思ったら、石破茂事務所だった。

 そう、鳥取は石破茂総理の地元である。1986年の初当選以来、約40年にわたって鳥取で選挙に勝ってきた。僕は今回、石破総理を見直した。こんなにも地元への利益誘導に無関心で、地方の衰退も仕方ないと割り切れる胆力のある人だとは思わなかった。それくらい、鳥取経済は冷え込んでいるのである。

 田中角栄を師と仰ぐ石破総理だが、鳥取まで無理やり新幹線を通すようなことはしなかった。鳥取や島根を通る山陰新幹線の計画は1973年から存在するものの、実現のめどは立っていない。正直な石破さんはメディアの取材に対して、人口減少時代に「フル規格の新幹線走らせてどうすんの」と山陰新幹線には否定的。正論である。ちなみに鳥取駅には、自動改札機さえもない(今春から導入予定)。

 鳥取県では着実に人口減少が進んでいる。2024年12月時点での人口は53万469人。東京の江東区(53万9647人)よりも少ない。80年代から政治家をしている石破さんなら鳥取の人口減少を止める対策も打てたはずだが、未来よりも現在を優先し続けたのだろう。

 何年も前になるが、田原総一朗さんと一緒に、石破さんに話を聞きに行ったことがある。その時に僕が質問したのは「なぜ日本の政治家は少子化対策に無関心なのか」。石破さんの答えは「だって子どもが増えても、投票ができるようになるのは18年後だからねえ。その時、私たちは政治家をやっていないでしょう」。なんて正直な人だと感動した覚えがある。

 石破さんが初めて地方創生担当大臣に任命されてから約10年がたつ。お膝元の鳥取がこの有様というのは、日本の未来を考える上でも象徴的だ。石破さんは「地方から国を変えていく」というのが持論。シャッター商店街にも「『日本創生』を鳥取から」と書かれた石破さんのポスターが何枚も貼られていた。固く閉ざされたボロボロのシャッターの上に、真新しいポスターが輝く様子は、まるで現代アートである。「石破さんが尽力しても地方はダメだった。つまり日本もダメなのだ」という皮肉にも思えてくる。

「アジア版NATOの創設」という珍妙な案を発表して、政策通というのもうそだったのではないかと疑念を抱かれている石破総理。だが少なくとも鳥取の惨状を見る限りは、決して悪い人ではない。強欲な人でもない。そして長年にわたって石破さんを支えてきた鳥取の人々にも、途方もない愛の深さを感じる。自分の街をこんなに衰退させた政治家を、僕なら絶対に許せないだろうから。総理となった今、日本国民にも、鳥取県民にならった慈悲深さと忍耐力が求められている。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2025年1月23日号掲載

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