“右翼雑誌”と呼ばれても「WiLL」「Hanada」が絶大な支持を集めた理由…元編集部員が明かす「他の月刊誌ではありえない」名物編集長の仕事術
昨年11月に刊行された『「“右翼”雑誌」の舞台裏』(星海社新書)が話題を集めている。内容の評価も高く、売れ行きも好調だ。年明け早々に重版、重々版も決まったが、著者で編集者・ライターの梶原麻衣子氏は「出版関係者の方々に興味を持ってもらったことが大きく、社会的に大きな反響を呼んだわけではありません」と謙遜する。だが2000年代以降の20年間がどれだけ激動の時代だったのかを改めて再認識させられる内容であり、まさに“時代の証言者”と言うべき一冊だ。(全2回の第1回)
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【写真】「WiLL」や「Hanada」を語る上で欠かせない「安倍元総理」と「昭恵夫人」。結婚式での初々しい表情の二人(1987)
新書の内容も極めて面白いのだが、そもそも梶原氏の“人生”が抜群に興味深い。1980年に埼玉県で生まれ、父親は自衛官、母親は自衛官の娘という両親のもとで育ったことが大きな影響を与えた。
新書には《小学生の頃に担任教師から「あなたのお父さんの仕事は世間で嫌われているので、外では『父の仕事は公務員です』と言った方がいいよ」と言われた経験を持つ》との一節がある。
「中学生になると、今で言う“メディア不信”も感じるようになりました。1993年にJリーグが誕生すると、かなりのマスコミが『プロ野球はダサい』と報じ始めたのです。私は『これまで野球に散々、お世話になってきたはずなのに、急に手の平を返すのか』と憤りを覚え、スポーツ新聞の記者になってフェアな記事を書かねばと思ったこともありました。さらに90年代は中学生の自殺が相次ぎ、社会的問題としてクローズアップされましたが、同世代の人間として自殺の問題は強い関心を持っていたので、センセーショナルな報道に疑問を感じました。この時代はいわばワイドショー全盛期で、その後も、94年には松本サリン事件が発生してメディアの誤報を目の当たりにしましたし、95年の阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、97年の神戸連続児童殺傷事件など世間を揺るがす話題が多かったこともあり、メディアの報道が自分に与える影響について、違和感含みで考えさせられることが多かったのです」
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