収入が途絶え、亡き母の墓所を手放し…「淡路恵子」長男・島英津夫さんが告白した、没後10年の“地獄”と再生
2014年の1月11日に亡くなった女優・淡路恵子さん(享年80)。今年で没後丸10年が経過したことになる。淡路さんの人生は、2度の結婚と離婚、夫の難病、息子の逮捕に死……と波乱万丈であったが、その余波は未だに続き、長男・島英津夫さん(64)も、未だ激動の中にある。
【前編】では、淡路さんの死後、遺産がほとんどないことがわかり、一方で、病院への入院費用の未払い金や青山葬儀所での葬儀代がいずれも1000万単位となり、遺族に重くのしかかってきたこと、また、裁判や主宰する劇団の経営難などで島さんが次第に追い詰められていったことを記した。【後編】では、その後の更なる苦境と、そこで行った大きな決断について詳報する。【前後編の後編】
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【写真を見る】苦境を語る島英津夫さん 写真を比べると、亡き母・淡路恵子さんとそっくり
肝硬変と硬膜下血腫
借金、裁判、仕事上のトラブル――。この当時の島さんは完全に“煮詰まって”しまっていたという。島さん自身も淡路さんと同じように結婚と離婚を2度経験し、1人暮らし。孤独だった。
「毎日、“生きている価値があるのかな”と思って……。お恥ずかしい話ですが、その頃の私は酒に逃げてしまっていた。食事もきちんと取らないで、ウイスキーのボトルを2日に1本のペースで空ける毎日。そんな生活を3カ月続けていたところ、母のファンという知人の方に“何かおかしいわよ”と言われて……」
近所の病院に行ったところ、即入院。γGTPが1000近くになり、肝硬変と診断され、3カ月の入院と治療を余儀なくされた。さらに、
「退院後は酒を断ちました。知人の方にも“お母さんに怒られるわよ”と言われて……。20キロも痩せました。しかし、今度は呂律が回らなくなり、しびれが出て、右脚も上がらなくなり、ついには階段から落っこちてしまった。病院に行くと、硬膜下血腫と診断され、手術をすることになりました」
間の悪いことに、ちょうどその頃から、新型コロナウイルスの感染拡大が始まった。2度の入院生活を経て、体力、免疫力が大幅に低下していた島さんは、医師から外出を固く禁じられた。そもそもコロナ禍で芝居の仕事もなくなり、劇団に付いてくれるはずだったスポンサーもそれどころではなくなった。収入の道が絶たれてしまったわけだ。
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