【べらぼう】一流の絵師を口説いて実現した初の出版物『一目千本』 あふれる蔦重の才覚

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売れ残るリスクを回避した蔦重の才覚

 それでは、どうしたのか。鈴木俊幸氏は次のように書く。《この絵本を繰っていくと取り上げている遊女屋と遊女に大きな偏りがあることに気付く。網羅的ではないのである。つまり、挿花に名を取り合わせてほしい遊女、あるいは遊女屋からの出資で制作費用をまかなうことが前提の出版物だったと思われる》(『蔦屋重三郎』平凡社新書)。

 完成後も店頭には並べず、遊女屋や引手茶屋、あるいは高級遊女自身から、客への贈答用にと注文を受け、必要な部数だけ刷ったと推定されている。むろん、当該の遊女を知る客からは、その見事な見立てが大いによろこばれたことだろう。当時の人々のあいだでは、見立ては私たちが感じるよりもはるかに、オリジナルをリアルに想像させる、おもしろく洒落た遊びだったはずだ。

 実際、『一目千本』はかなりの評判を呼んだようだが、贈答用としての受注生産だから、売れ残るリスクをかかえずに済んだ。その点にも蔦重の才覚が感じられる。こうしたことからも、『一目千本』は蔦重がメディア王として大成するための才覚の萌芽が、集中的に読みとれる作品だといえるだろう。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部

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