中居正広のトラブルで「ガーシー待望論」 大手マスコミが“3週間沈黙”した深いワケ
「芸能界の闇」は本当だった?
昨年末、松本人志に続き中居正広も女性とのトラブルが報じられたことで表舞台から姿を消す事態となった。テレビやラジオ番組は軒並み放送休止や出演シーンカットの措置が取られ、CMはHPから削除された。
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一方で、この騒動よってある人物の「再評価」「人気急上昇」という奇妙な現象がXなどSNS上では見られる。「やっぱりガーシーの言うことは正しかった!」という声と共に、ガーシーこと東谷義和元参議院議員のかつての発信内容を紹介する投稿が広まっているのだ。人気ユーチューバーだった頃、彼は「芸能界の闇」を頻繁に告発しており、その中には今回の中居らの件を連想させるものもあった。
国会議員となり、さらに「日本の闇」を暴いてくれるのではという期待を集めたものの政治家に関しては大した暴露はできないまま、名誉棄損などの罪で逮捕されたのは一昨年のこと。これにより人気が低下していた東谷氏に、今また注目が集まっているというわけだ。もっとも、この状況について本人は「すごく嫌」と語っているのだが、現在の当人の意向とは無関係に過去の発言、告発は広まり続けている。
実は2度目の再評価
正義の告発者から国会議員となったかと思えば、刑事被告人に身を堕とし、そして今はまた“預言者”として一部でもてはやされる。常に騒動の渦中にいるというのもまた才能の一種だろうか。東谷氏をそうした存在、いわば一種のトリックスターと捉える風潮に関心を持って本人や周辺に取材し、著書『「嫌われ者」の正体 日本のトリックスター』で取り上げたのはノンフィクションライターの石戸諭氏である。
実は東谷氏の「再評価」は今回が初めてではない。ジャニーズ事務所の性加害問題の際にも、似たような動きは見られた。石戸氏は同書の中で次のように指摘している。
「一部でまた『ガーシー擁護論』『ガーシー必要悪論』が再燃したが、やはり過大すぎるほど過大な評価だと言わざるを得ない。芸能界の健全化という観点だけならば、継続的にスキャンダルを報じた週刊誌や海外メディアの追及が波及し、証言を積み重ねて加害を公に認定した再発防止特別チームの報告がとどめになったのが一取材者としての実感である」
本人が冷静なワケ
しかし、ある種の「ガーシー待望論」は、既存メディアへの不信感とセットとなり、一定の支持を集めているといえるだろう。この状況をどう見ているか。石戸氏に話を聞いた。
――中居さんの件で「やっぱりガーシーは正しい」といった意見がSNS上に上がっています。たしかに「芸能界には闇がある」という東谷氏の主張に正当性があるということもいえそうです。
「東谷氏が暴露動画で発信してきた内容には、部分的に推測が当たっているものもあれば、彼が芸能関係者と交流する中で実際に見聞きしたことも含まれるのでしょう。しかし、それを言えば実話系雑誌や夕刊紙も同じように“芸能界の闇“を取り上げたりしていたわけです。むしろ“怪しげな雑誌”ほど過激な内容を伝えていたのではないでしょうか。
東谷氏をことさら持ち上げるより、スキャンダルを公開するにあたり丁寧な裏取りや本人サイドの取材をしたのかという視点を持って情報に接することの方がはるかに大切です。元を正せば、東谷氏は借金返済のために暴露動画で収益を上げようしたのが大きな動機であり、その中に名誉毀損(きそん)などの明確な犯罪行為も含まれていました。だから有罪判決に至ったわけです。そこは本人も認めている。今のガーシー再評価ムーブメントに本人がまったく浮かれることなく、冷静に対応していることがすべてでしょう」
新聞、テレビが報じなかった背景
――この一件に関して「中居のことを伝えないメディア、特に新聞やテレビはおかしい」といった意見も目立ちます。これはジャニーズ問題の時と同様です。それが「ガーシー人気」の理由の一つではないでしょうか。
「まず、かつての常識を振り返る必要があります。全国紙やテレビは上半身のニュースを取り扱うメディア、芸能人を含めた下半身スキャンダルは週刊誌の領域というのが、長年にわたって日本メディアにあった暗黙の了解でした。読者もそれを共有していたのです。
その認識が崩れてきたのは2010年代以降です。家庭で子供も目にする可能性が高い一般紙やテレビに下半身スキャンダルはふさわしくないという配慮から生まれた考えですが、インターネットを中心に読者の意識もがらりと変わりました。
かつては芸能スキャンダルを報じる側の前提にも、正義感やタテマエではなく別の共通了解がありました。つまり『しょせんは他人の生活ののぞき見。有名人にもいろいろな顔がある。それは有名人だから雲の上の人ではなく、一皮むけば同じ人間であり世間と同じように欲深い。人間は多面的だからこそ面白い』という考えがベースにあり、普段は顔と名前で大金を得ている芸能人だからこそ、ある程度その俗な興味の対象になるのは仕方がない、というのが業界で共有されていたのです。
時代が変わり『芸能人に俗な興味が向けられるのは当然で、それは大手紙やテレビではなく週刊誌が扱うもの』という前提は吹き飛びます。MeToo運動の流れも重なり、かつては俗な興味としか思われなかった下半身スキャンダルもまた大きな社会問題であり、王道のニュースという認識に変わってきました」
――今月9日、中居さんがトラブルを認めて謝罪するコメントを出したことで、新聞やテレビでも今回の件が報じられるようになりました。今後はメディア全体がいわば週刊誌化することが求められているのでしょうか。
「中居さんのケースは、本人の声明が発表されたことで全国紙も堂々と伝えることが可能なファクトを手に入れられたのです。それがなければ『女性セブン』や『週刊文春』が報じた内容があるだけで、他のメディアは記事が本当かどうかを確かめることがとても難しく、軽々しく報じることはできなかったのです。特に2010年代までの全国紙で『週刊誌によると、』という書き方自体が禁じ手に近い方法という意識がありました。
では、今後『もっと積極的に著名人が絡むスキャンダルを独自に取材して報道するべきだ』という声に応えるかどうか。これは最終的に各社ごとの判断となる、としか言いようがありません」
メディアには得意分野がある
週刊誌で報じられたスキャンダルを他のメディアが後追い報道することの難しさを石戸氏はこう指摘する。
「芸能スキャンダルを有力なネタとして扱ってきた出版社側には、かなりの取材の積み重ねがあります。そのノウハウを持たない全国紙がここに参入するとなると、ほぼゼロからの後追いスタートになります。芸能関係で継続的な調査報道をするのなら、人員削減が進む新聞で、最低でも現場記者で5人以上、担当デスクをつけて一つの部署を立ち上げるくらい体制構築が求められます。
そもそもどの分野でも、調査報道で成果が出るか否か自体がかなりのギャンブルです。独自スクープという華々しい成果が出ることもあれば、半年以上まったく成果が出ないこともあります。各週刊誌に加えてスポーツ紙も覇を競い、歴戦の記者が集う芸能スキャンダルは後追いでいい。それならば新聞が培ってきた政治や事件の調査報道で成果を狙ったほうがいいという判断もあります。
上半身のメディアであり続けるほうが公益性は高いという考えもあり得るでしょう。中居さんの件ほどの関心を集めていないけど、重要な事件は内外にいくらでもあるからです。今回、新聞が週刊誌報道が出た直後から大きく報じなかったのは、忖度や圧力うんぬんというよりは、単純に裏取りがうまくいかない取材体制や得意分野の問題が大きいと考えていいでしょう。
しかし、テレビ局の場合、話は別です。今回の件は当事者になっているフジテレビに限らず、中居さんという長い間、各局と取引関係にあったタレントのスキャンダルです。過去に自社の社員や関係者に同様のケースが他になかったかを報道番組などで公表できるか否かが問われています。今すぐに外部の第三者による調査委員会に調査、問題があった際の対応への評価を依頼することが必要になります」
報じない理由も問われる
――一方で、中居さんにせよ松本さんにせよ、あくまでも報じられているのは「疑惑」であり、なおかつ刑事でも民事でも告訴されていません。それがここまで大きく扱われることへの疑問の声もあります。「灰色」の人への社会的制裁は妥当なのか、ということです。
「ケースバイケースが大前提です。たとえ当事者間で決着している問題であっても、報じるに足る社会問題が背景にあれば積極的に報じていく必要があると思います。意義付けが重要です。
読者や視聴者が『重要だ』と思っているケース――例えば今回のように著名人が絡むスキャンダルが注目を集めている際には、メディアが早めに対処して、報道の方針を発信するといった対応が今後は必要になってくるでしょう。報じないとすればなぜ報じないのか、ということをきちんと説明できるのが望ましいと思います。
加えて、疑惑の人物を切って終わりでは問題は改善しません。メディア企業もタレント、事務所への影響力を適切に行使して、事実確認を求め、『当社は問題意識はこうで、事実ならば以下のような改善策の実施を求める。改善ができない場合、必要な措置を取る』と具体的に提示する交渉が必要でしょう。
いずれにせよ、しょせん暴露系ユーチューバーの言っていることだからとか、しょせんネット民が騒いでいるから、で片付けるのは思考停止でしょう。マスメディア側も従来の常識、価値観は通用しないという前提で動かないといけないのです」