「そのうち赤ちゃんに『かわいい』と言えない時代が」 作家・百田尚樹氏が警戒する「行き過ぎた正義」
多様性は素晴らしいが……
多様性を重視することは素晴らしい。多様性の実現こそが望ましい。――こうした意見が社会に広く知られるようになって久しい。
企業や政府もこれを一つの理想として、さまざまな施策を打ち出してきた。
たとえば経済産業省は「ダイバーシティ経営の推進」、内閣府は「性的指向・ジェンダーアイデンティティ理解増進」の重要性を訴えている。いずれも「多様性」が尊重され、認められることが誰にとっても住みよい社会の実現につながるという考えが背景にあるといえる。
こうした考え方は、昔からあったのだが、近年は欧米のリベラル的な思想の影響もあり、より強い影響力や推進力を日本国内でも持つようになっている。「アメリカでは(あるいはイギリスでは、フランスでは)企業がこんなに先進的な取り組みを実現しているのに、日本ときたら……」といった文脈で、欧米の先行例が紹介されることは多い。
それゆえに、6日、「本場」アメリカでマクドナルド社が発表した内容はかなりの反響を呼ぶこととなった。
同社が発表したところによれば、これまで掲げてきた多様性などに関する数値目標を取り下げることにしたという。アメリカでは企業だけでなく大学などでも、多様性実現のために数値目標を掲げるところが珍しくなかった。成績以外にあらかじめ定めておいた人種や性別の割合も、採用不採用を判断する要素となり得るということになる。そうすることで多様性を確保しようという考え方である。
しかし、これに不満を抱く人が一定数生じるのも道理だろう。自分の方が成績が良くても、人種や性別により、「横入り」されるケースもあるからだ。
そうした不満は、「多様性重視」という理想のもとに封じ込められてきたのだが、アメリカでは一昨年、最高裁が大学におけるそうした措置を違憲だと判決を下し、少し風向きが変わっているようだ。
また、今回のマクドナルドの発表に関しては、トランプ氏が大統領になることの影響を指摘する現地メディアもある。「保守派の声が大きくなってきたことの表れだ」ということである。すでに同様の決断をした企業も少なからず存在している。
世界は狂ってきていないか
こうした流れは、「リベラル」の敗北によるものなのだろうか。「保守」の躍進によるものなのだろうか。
その名も「日本保守党」の代表を務めている作家の百田尚樹氏は、「政治的正しさ」をあまりに追求し過ぎている風潮への違和感や疑問を新著『狂った世界』所収「面倒な時代に」という章の冒頭で語っている。以下、その一部を引用してみよう。
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「面倒だなあ」「厄介だなあ」と感じる場面が増えた。そう思う方は多いのではないでしょうか。宿題が面倒だ、とかノルマが厄介だ、といったことではありません。
この前まで気にしなくて良かったようなことが気軽にできなくなった、自由に口にしていたことにストップがかかるようになった。そんなケースが増えたのでは、ということです。
背景には人権意識の高まりや、多様性を尊重すべきという風潮があります。
人権や多様性はとても大切で尊重しなければいけないものだ。その正論を否定する人はいません。
しかし尊重が行き過ぎると、一般的な常識から離れていくのです。しかもその「行き過ぎ」な尊重の必要性を指摘する側が往々にして横柄、横暴だからタチが悪い。
この傾向が進みすぎるとどうなるのでしょう。
赤ちゃんを見て「かわいいですね」と言ったら、「見た目で判断しないでください。ルッキズムです」と怒られる。
結婚式の祝辞で「夫婦で力を合わせて」と言ったら、「私たちは独立した人格です。勝手に旧来の家庭像を押しつけないでください」と反論される。
もう少しでノルマを達成できそうだった部下に「来月こそ頑張ろう」と言ったら、「数字で人間を判断するんですか! 人格否定です」と訴えられる。
主人公がラストで死ぬ小説を書いたら、「期待と違った。悲しい気持ちになった」と賠償金を求められる。
K‐POPよりもJ‐POPのほうが好きだという感想を口にしたら、差別主義者だと糾弾されて謝罪に追い込まれる。
まさかそんなことはないと思われるでしょうか。でも本章で並べた事例を20年前の日本人に見せても「まさか」と思われたのではないでしょうか。
社会は本当に良い方向に進んでいるのか。この流れは本当に人権や多様性の尊重につながっているのか。ひたすら労力を費やして、ただただ面倒を増やしているだけなのではないか。
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同書の中で百田氏はこうも述べている。
「最近、世の中が狂ってきているのではないかと感じています。一昔前なら有り得ないことが、今は普通のこととして罷(まか)り通っているからです」
こうした嘆きを「保守」と捉えるか、「世間一般の感覚」と捉えるか。それは各人の思想や属している集団によって異なるのだろう。