ベネズエラ化する韓国 3年前に鈴置高史氏が「民主主義の崩壊」を予言できたワケ

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あっという間にベネズエラ

 韓国の民主主義が壊れて行く過程は『韓国民主政治の自壊』の第2章「あっという間にベネズエラ」で詳述しました。見出しに「ベネズエラ」を入れたのは、韓国の保守派から「左派独裁により、没落したベネズエラの轍を踏む」と悲鳴があがったからです。

 中南米随一の豊かさと、平和な政権交代に象徴される民主主義を誇っていたベネズエラが、いつの間にか大量に難民を送り出す貧困国に落ちぶれました。戦争をしたわけではありません。

 1999年に登場した左派のウゴ・チャベス政権が権力の独占を目指して司法とメディアを掌握し、反対勢力を徹底的に痛めつけました。その混乱の中で経済が低迷し、米国との関係も破綻したのです。

 文在寅政権も保守政権時代の最高裁長官、官僚、軍人を相次ぎ逮捕するなど、敵対する政治勢力の根絶やしを図りました。国際社会の非難により最後はあきらめましたが、誤報を理由にメディアに懲罰的な罰金を科す法律も作りかけました。韓国は「アジアのベネズエラ」への道を歩みかけているのです。

 注目すべきは保守の警告は「左派が政権を握ると国が潰れる」ことに留まり「法治破壊の危険性」に及ばなかった点です。「法治」の観点から左派を批判した人は私が調べた限り、1人だけでした。

チャベスが出てきた

 第2章第5節の見出しを「『チャベス』はこれからも出てくる」としたのは、私も韓国左派の無法ぶりを念頭に書いたからです。しかし予想に反して保守から「次のチャベス」が出てきたわけです。

 1月2日発表のKBSの世論調査によると、韓国人の72%が「昨年末の戒厳令宣布は憲法違反だ」と回答しましたが、保守の与党「国民の力」支持者に限れば、何と78%が「大統領の職務権限である」と答えています。

 今回の戒厳令は国会により否認されましたが、混乱は続いています。これも法治の欠如からです。

 大統領逮捕が進まない理由のひとつは、内乱罪の捜査権限のない公捜処が逮捕令状を申請し、裁判所もこれに応じて発行したことにあります。

 大統領側はこれを理由に官邸への進入を拒否したのです。保守は公捜処も、令状を発行した地裁も左派の勢力下にあると見なしています。「アジアのベネズエラ」になるのか、韓国は分岐点に立っているのです。

合意形成には手が届かず

――韓国の「民主主義」は日本とは違いますね。

鈴置:確かに、日本や西欧とは根本的に異なります。先進国では社会に法治という土壌があって、そこに自由な言論、公正な選挙、人権の保障といった民主主義の仕組みが根付いている。

 一方、韓国は西欧や日本の形を真似ましたが「法治の土壌」が無いため、民主主義が枯れやすい。話し合いのルールも確立できず、対立する党派が妥協しコンセンサスを作ることが難しい。

 だから今も、尹錫悦氏を弾劾したい人と、支持する人が憲法裁判所や大統領官邸の前に集まって勢力を競い合うしかない。弾劾が成立するかどうかは、大衆の動員力で決まると信じられているのです。

 さらに困ったことに、韓国人は街頭に出て大声で叫ぶことが民主主義の証(あかし)と考えている。軍事独裁政権時代に自由にモノが言えなかった反動です。

 1987年6月まで韓国は本当に窮屈な社会でした。喫茶店で友人と話す時も、後ろを振り返りながら小声で語るのが普通でした。情報機関員がどこかで耳を澄ませていて、政権批判をしようものなら即、しょっ引かれたからです。

 民主化により、韓国は誰もが自由に意見を表明できる国になりました。でも、それら多様な意見からコンセンサスをまとめあげる仕組みは、ついに育ちませんでした。

「日本よりも上だ」

――底の浅い民主主義に留まったのですね。

鈴置:そもそも、1987年の民主化は韓国人が本当に民主主義を望んだ結果なのか、最近では疑うようになりました。韓国人は「先進国の称号」が欲しかっただけではないのか、と思えてきたのです。

 だから、いったん世界から先進国と認められると、韓国の決定的な弱点である「法治の欠如」を見ようともしない。法治こそは安定した民主主義の基礎というのに。

 韓国人はただ、「我が国の民主主義は日本よりも上だ」とハイタッチし合うだけなのです。『韓国消滅』の第2章「形だけの民主主義を誇る」で「底の浅い民主主義に留まった韓国」を描いています。

鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95~96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『韓国民主政治の自壊』『米韓同盟消滅』(ともに新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

デイリー新潮編集部

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