地方にも増える「億ション」はまったく喜べない… 間違いなく「負の遺産」になる理由

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ヨーロッパではありえない

 高松城跡ほどの歴史遺産があったら、ヨーロッパであればその近くに高層ビルが建つことなどありえない。たとえばイタリアは、文化財保護法と自然美保護法が施行された1939年から、歴史や伝統および自然美の観点から景観が保護されてきたが、1985年にガラッソ法が成立してからは、規制がかなり徹底している。

 各州には景観上重要な地域内に、建築等を一時的に禁止できる区域を定める権限があり、州は風景計画の策定も義務づけられている。とりわけ歴史的市街地は保存対象とされ、多くの自治体が文化的な側面からだけでなく、都市計画の側面からも、建築工事のほか看板や照明にいたるまで厳重に規制している。それが不動産の私権制限につながるとして、裁判で争われたこともあるが、景観保全を目的に私権が制限されるのは当然だ、という判例ばかりだという。

 かぎられた土地から最大の収益を上げたければ、高層ビルを建てるのが手っ取り早い。しかし、私企業が一時的に利潤を得るために、歴史的に維持されてきた環境が簡単に変えられ、視界に障害物が入るのを余儀なくされていいのか――。いまの日本では、この高松のような事例が環境や景観の破壊だと認識されること自体が少ないが、仮に欧米でこうした場所にタワマンを建てたいと思っても、まず無理だということは知っておいていいと思う。

 歴史的な景観が維持されれば、その都市の魅力は高まって観光客が増え、インバウンドの効果も期待でき、結果的にその都市の豊かさにつながるだろう。だが、「地方創生」が叫ばれるいま、発想の切り替えができない地方は、最終的に衰退するしかないだろう。そう言い切るのは、予想をはるかに超える速度で少子化が進んでいるからでもある。

少子化でタワマンは廃棄物になる

 そもそも高層ビルとは、人口が増加する局面で、かぎられた土地を有効に活用するために生み出されたはずだ。ところが、いまの日本は人口増とまったく逆の方向に進んでいる。統計をとりはじめた1899年以降、出生数がはじめて100万人の大台を割ったのは2016年だったが、そこからさらに急降下して、2024年の出生数は68万7000人程度。8年で3割も減ってしまった。

 国立社会保障・人口問題研究所が2017年に予測した「日本の将来推計人口」では、出生数が2033年に80万人を割り、46年に70万人を割ると「悲観的に」予測をしていた。だが、70万人割れは22年も早く訪れたのである。

 これから人口が激減していこうという局面でタワーマンションを建て続ければ、将来、まちがいなく負の遺産になる。私たちの子々孫々の頭を悩ませ、足を引っ張る存在になる。神戸市の久元喜造市長は、市の中心部に20階建て以上のマンションを新築できないようにした際、「人口が減るのがわかっていながら住宅を建て続けることは、将来の廃棄物をつくることに等しい。タワマンはその典型」と語っていたが、正論である。

 一部の住人が特別な眺望を得るために、多くの人の利益を犠牲にして建設されたタワマンが、将来、廃棄物として歴史的景観をさらに汚すばかりか、就労人口が減少して市の税収も減っていくなか、処理するのも困難な廃棄物になる――。各自治体は今後、そこまで予測して都市計画を立てなければ、結局、住民を守ることができなくなる。

 高松は一例にすぎない。億ションは全国で増え、多くはタワマンである。地方創生をめざす石破茂総理には、ぜひそこまで見据えて、地方を誘導してほしいと願う。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部

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