「ジャッキーが恋愛禁止のルールを破って…」 マキ上田が明かすビューティ・ペア解散の“真実”
昭和50年代の女子プロレス黄金期を描いてヒットしたネットフリックスドラマ「極悪女王」。その第1話の冒頭、重要な役割を担うのがビューティ・ペアだ。人気の陰で起きていたこと、解散の裏側――。マキ上田(65)が明かす意外な真実。
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【貴重写真】ビューティ・ペア“現役時代”の「マキ上田&ジャッキー佐藤」
1~2年目は月給10万円
レスラーが実名で登場するドラマの主人公は希代の悪役、ダンプ松本。少女時代の彼女が、リング上で歌い踊るビューティ・ペアに憧れのまなざしを向ける場面から物語は始まる。
「あの頃は漫画『ベルサイユのばら』がはやっていて、私たちは“会いに行けるベルばら”のような存在だったんだと思います」
そう語るマキが、ジャッキー佐藤とペアを組んだのは1976年。マキ16歳、ジャッキー18歳。「体を張る女子」はたちまち注目され、年300回以上も試合が組まれたほか、テレビや映画にも活動の場は拡大。
デビュー曲「かけめぐる青春」も大ヒットし、77年暮れにはNHK紅白への特別出演も果たす。が……、
「1~2年目は月給10万円、3年目で月給30万円でした。辞める時も退職金のようなものはなかったです」
と、マキは回想する。
「一曲でもヒットすると家が建つっていうじゃないですか。でも『かけめぐる青春』は88万枚売れたけど、大金をもらったことはなかった。10代で何も分からず、会社にいいように使われてたんですね。アハハ」
仕事より恋を取ったジャッキー
ペアは人気絶頂の79年、突如解散の時を迎える。二人が対決し、負けた方がリングを去る「敗者引退マッチ」が企画されたのだ。
「この試合の1年ほど前に、ジャッキーは恋愛禁止のルールを破り、地方巡業中で翌日の試合も控える中、恋人のために東京へ戻ろうとしたんです。私は仕事より恋を取ったジャッキーが許せず、会社に“ペアを続けられない”と伝えました」
ドラマでは、試合で隙を見せたジャッキーに「好きな男でもできた?」とマキが問い質すのだが、
「ジャッキーに直接怒ったことは一度もなかったです。『敗者引退マッチ』の開催が決まった時、解散を言い出したのは私なので、私が負けなければならない、とも思っていました」
実際、解散試合はジャッキーが勝ってマキは引退。7年後、ジャッキーは新団体の設立に参加する。
この点、ドラマは、マキがカフェでジャッキーからその事実を聞かされて「ジャッキーはまだ青春真っただ中かぁ」と感心してみせるつくりになっている。
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