日本人インフルエンサーが交通事故死… バンコクの「超便利だが危険すぎる」移動事情
昨年(2024年)の10月31日、日本人インフルエンサーのサットンさん(30)が、タイ・バンコクで亡くなった。韓国で講師をつとめ「日本一楽しい韓国語先生」を自称していた彼女は、インスタグラムやTikTokのフォロワー50万人を超えるほどの人気者だった。死因は、バイクタクシーの事故。後部座席に客を乗せ運ぶこの交通手段は東南アジアで知られているが、一方で事故率も高い。それでもバイクタクシーに頼らざるを得ない移動事情を、バンコク在住ライターの澤野綾香氏がレポートする。
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サットンさんのニュースに、バンコク在住の日本人は動揺した。やはりバイクタクシーは怖い……。
だがバンコクで居酒屋を経営するKさん(58)はこういう。
「こういうニュースを聞くたびに、バイクタクシーに乗るのはやめようと思う。でも普通のタクシーを使って買い出しにいくと、ランチの仕込みに間に合わない。バイクタクシーに乗らざるをえないんです」
バンコク在住のSさん(45)は、毎朝、バイクタクシーで通勤している。BTS(高架電車)や地下鉄を乗り継いで通勤もできるが、34バーツ(約170円)の電車賃がかかるうえ、自宅マンションから駅、駅から会社の間は当然歩くことになり、片道計50分ほどかかる。
「でもバイクタクシーなら、ドア・ツー・ドアで12、3分。バイクタクシー代は55バーツ(約275円)ほどですが、やはり圧倒的に早いんです」
運送会社の社員としてバンコクに派遣されているYさん(41)も、しばしばバイクタクシーに乗る。
「日本人は私だけという事務所で働いていますが、規模が小さいので社用車はありません。本社からは事故が多いことを理由にバイクタクシー利用は禁止されています。だから取引先を訪ねるときはタクシーを使うしかないのですが、渋滞がひどくて、バイクタクシーなら20分ほどの工場にタクシーで行くと、2時間はかかる。何より到着時間が読めなくて約束の時間を守れないことが問題です。だから本社には内緒で乗っています。事故に遭っても労災も降りないかもしれないんですが……」
バイク事故だけで日本の3倍超えの死者
バンコクの都市機能を支えるほど存在感を増しているバイクタクシー。とにかく速い。どんなに道が混んでいても、車の間を抜けて進む。渋滞知らずなのだ。仮にBTSや地下鉄が運行できなくなっても大きな問題にはならないが、バイクタクシーを禁じると、都市機能が停止するとまでいわれている。
バンコク近郊の新興住宅地に住むTさん(23)は毎朝、最寄り駅までバイクタクシーに乗っている。運賃は50バーツ(約250円)ほどだ。
「父が買った家に住んでいます。駅までは歩くと20分ほど。バンコクは暑いので、とても歩けません。周囲の家はどこもマイカー通勤。でも、私の家には車がない。バスもないので、頼りはバイクタクシーだけ。乗らないと通勤できないんです」
しかし、サットンさんの例のように、事故は多い。そもそもタイは交通事故が多い。世界保健機関(WHO)によると、2021年、人口10万人あたりの交通事故死者数は25.4人で世界でも上位に入り、深刻な社会問題ともいわれる。なかでもバイク事故は突出している。ややデータは古いが、WHOが2015年に調べたところ、バイク事故で死亡率はタイがトップだった。
また、タイの交通事故情報センターの発表では、2023年には1万1,235人がバイク事故で死亡している。日本の厚生労働省の発表では2023年の交通事故死者数は3,573人。タイはバイク事故だけで日本の3倍以上の人が亡くなっていることになる。タイの人口は日本の6割弱だから、いかにバイク事故の死亡者が多いかわかる。
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