「松本人志は今からでも会見をした方がいい」 危機管理コンサルタントが断言する理由
芸能活動を休止していたダウンタウンの松本人志の「復帰」時期や方法への注目が年末以降、高まっている。きっかけとなったのは、芸能記者・中西正男氏のスクープといえるインタビューだった。
12月25日、中西氏はYahoo!上で松本への独占インタビュー記事を公開。これまで多くのメディアが狙っていたインタビューだけに、反響は極めて大きかった。ここで松本は、ネットを用いた課金サービスによる活動再開を考えており、相方の浜田雅功との共演から始めるつもりでいる旨などを語っている。
このインタビュー記事への反響は賛否両論さまざま見られたが、松本への風当たりを弱めるのに役立っているかは疑問が残るところだろう。もともとのアンチとシンパの割合に変化をもたらしたようには見えず、結果として「ネットで有料チャンネルを設けるのは可能だが、地上波復帰は難しいのでは」といった見方が多く伝えられている。そもそも松本が地上波復帰を求めているのかは不透明なのだが、記事では決してテレビと決別するようなことは口にしていない。
松本に対して厳しい見解を示す人が多く口にするのが、「会見をやるべきだ」という意見だ。これに対して、中西記者は出演したテレビ番組(関西テレビ「旬感LIVE とれたてっ!」)の中で、松本が会見をしない理由として、訴えの取り下げに関係していることに加えて、メディア不信があるのではないか、という見立てを語っている。
もちろん、本人がそんなケンカ腰を見せているわけではない。会見をせずに単独インタビューで語るという方法を取った理由について、中西記者の記事では次のように語っている。
「文春側と話し合いで決着がついたことなので、僕一人が公の場で話すわけにはいかないし、こちらが話せる領域は決まっている。となると、結局聞く側も、こちらも、お互いにフラストレーションばかりがたまる場になるんじゃないか」
そういう考えから、このインタビューが「一番伝わる」やり方だと考えたのだという。しかし、この選択は「一番伝わる」やり方だったのか。危機管理コンサルタントの田中優介氏は、「お気持ちはよく分かりますが、それでも危機管理のセオリーを踏まえれば、記者会見をお勧めしたい。それは今からでもいいと思います」という。
さらには「最終的には当事者の判断ですが、セオリーを基に見た場合、松本さんは初動から間違っていたように思います」とも語る。以下、田中氏の見解である。
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「トウソウ本能に支配されるな」というセオリー
一連の経緯を見て松本人志さんの対応があまり上手とはいえない、というのは多くの方の一致した見方かと思います。そうなった今、「危機管理コンサルタント」があれこれ言っても、後講釈のように受け止められる方もいらっしゃるでしょう。
しかし、松本さんサイドに、危機管理のセオリーを理解している方、あるいは教える方が居なかったことは事態を悪化させたと私は考えています。以下で述べるセオリーはいずれも今回取って付けたものではなく、著書(『その対応では会社が傾く プロが教える危機管理教室』)や講演で述べているものです。松本さんは今から対応をやり直すことはできませんが、一般の方でも危機管理を考える際に参考にしていただければと思います。
まず初動で松本さんサイドはミスを犯しました。
危機管理に失敗する要因の一つが「二つのトウソウ本能に支配される」というものです。従って、セオリーとしてはこれに支配されてはならない、ということになります。
二つのトウソウとは「闘争」と「逃走」です。
危機管理では「感知」「解析」「解毒」「再生」という四つのステップを踏んで行うのが基本です。危機を素早く「感知」し、現状と展開を「解析」した後に、詳しい説明や謝罪などで「解毒」した上で、窮状からの「再生」を図ります。これもまた著書などで強調してきたセオリーです。
今回、松本さんは週刊文春の報道直後から、裁判で闘う姿勢を示しました。「闘争」です。
一方で公の場での説明や謝罪をしませんでした。いろいろな考えはあったのでしょうがこれは「逃走」と捉えられました。
この二つのトウソウ本能に支配されると、危機管理に失敗します。
本来、「解析」をきちんとすれば、裁判には時間がかかること、白黒簡単につけられる類いのものではないことなどは明らかでした。仮に裁判で勝っても、誰もが彼の味方をするという状況は実現できなかったでしょう。
インタビュー記事で、松本さんは裁判について当初のイメージと異なるものだったと反省の弁を口にされています。これは解析のステップを飛ばした結果です。
誤解のないように申し添えれば、裁判で闘うことそのものは否定しません。しかし、その展開を想定した上で、本業の活動をどうするかを初期の段階できちんと考えられたほうがよかったでしょう。
「ステークホルダーへの説明を怠らない」というセオリー
また、この初期段階で一度記者会見をしたほうがよかったと思います。裁判で争っている以上、会見をしても話せない、という考えがあったようですが、それでも可能な範囲で説明をしたり、謝罪をしたりすることは可能だったのではないでしょうか。
「悪いことはやっていない。なぜ謝らなければならないのだ」とご本人やファンの方は思われるかと思います。
しかしインタビュー記事の冒頭で松本さんは、今回の件で多くの人、関係者にストレスを与え、迷惑をかけたことについて「申し訳ない」と語っています。報道内容の事実関係については言及せずとも、そうした気持ちを丁寧に語ったほうが空気を変えることにつながったのではないでしょうか。言葉で空気を変えるプロなのですから。
松本さんほどの能力を持っていらっしゃるならば、記者会見を自分のプラスになるように利用、活用することは可能なはずです。
松本さんは、いま会見をしたところで、疑惑について語れるわけではなく、あまり意味がないという考えをお持ちのようです。しかし少なくとも「申し訳ない」という気持ちを伝えるには、顔を出しての記者会見は有効であると思います。
何を言っても聞いてもらえない、あるいはいいようにメディアに利用されるだけだ、といったお気持ちがあるのかもしれません。しかし、そういう場を「申し訳ない」気持ちを広く世間に伝える格好の場だと前向きに考えてみてもいいのではないでしょうか。
これもセオリーの話になりますが、「再生」を失敗するパターンの一つが「取引先などのステークホルダーへの情報提供を怠ってしまう」というものです。再生を焦るあまりにそうなるのですが、結果として不安や動揺から信頼を揺るがし、良い関係でいられなくなることにつながるのです。
松本さんの場合、ステークホルダーはテレビ局、スポンサー、共演者など多岐にわたりますが、最大の存在は「ファン」「視聴者」でしょう。有料サービスにお金を払う熱心なファンだけを相手にしていくという戦略を取るのではないのならば、いわゆる「世間」への「情報提供」を積極的に行ったほうが再生はスムーズに進むでしょう。その意味でも会見には意味があるのです。
「法廷での闘争をやめた立場ですので、それについては語ることはできません。しかし、世の中に愉快な話を提供する立場の私がファンの皆様をはじめ、関係者の方々に決して愉快でない話を提供してしまったことは誠に申し訳なく思っております」
カメラを前にきちんと語りかければ、モヤモヤした気持ちを抱いている視聴者のうち一定数は理解をしてくれるはずです。残念ながら、インタビューに応じるだけでは、気持ちはきちんと伝わらないと思います。
もちろんそうしたところで、世間の全員が味方になることはありませんが、それは仕方がないのです。大切なのは熱烈なシンパでもアンチでもない人たちを味方にすることです。
クライアントの中には、一発逆転のような解決策を求める方もいますが、危機管理が必要な局面では大きなマイナスから大きなプラスに一気に局面を変えることは不可能だと心得た方がいい。これもセオリーです。
「会議で楽観論と悲観論をぶつけ合う」というセオリー
ここまでの説明を読まれてなお「後からなら言えるけど、そんなに冷静に対応はできない」と感じる方もいるかもしれません。そもそもセオリーなんて覚えてられるか、と。
そうした方、特に企業の役員といった立場にいる方にお勧めしたいのは、危機管理が必要な局面での会議の望ましい進め方だけでも頭に入れておくことです。
危機管理を検討する会議では、常に楽観論を言う役と、悲観論を言う役とを定めておくのが望ましいあり方です。そういう「役目」を定めておけば、安心して意見が言えます。
ともすれば、社長など立場が上の人の意見に全体の意見が傾いてしまいがちです。しかし展開を予測するためには楽観論と悲観論を両方出した上で検討する必要があります。
最初に役目を定めれば、社長の見解と正反対の意見も言いやすくなります。標準論は放っておいても出てくるのでこの場合、言う役を定める必要はありません。
楽観論と標準論と悲観論、この三つの推論と、実際に起きてくるさまざまな事象とを対比していき、どの論が当たっているかを判断し、未来を予測して対策を練っておくのです。
松本さんサイドは、松本さんの当初の怒りに引っ張られて、こうした会議をできなかったのかもしれない、とも思います。悲観論をきちんとぶつける役目の人はいたのでしょうか。
しかしこれから再生の道を歩むにあたっても、やはりこうした形の会議を行うのがセオリーではないかと考えます。