「どう作りたいかではなく、何が求められているのかを考え抜く」 MoMAの増改築を手がけた「谷口吉生さん」の“エゴとは無縁”な建築家人生

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 世界中の建築家にとって最も名誉ある仕事――。

 1997年、谷口吉生(よしお)さんはニューヨーク近代美術館(MoMA)の増改築設計者に指名された。

 谷口さんは日本では美術館や博物館建築の名手と呼ばれたが、当時、海外では無名に等しい存在。谷口案は地味で控えめで、下馬評では厳しいといわれた。

 美術館は人と作品が出会う場であり、主役は展示。施設は展示を引き立て、訪れる人々を受け入れる器というのが信条。いつも通りの姿勢でMoMAに臨んだ。

芸術性を追求するあまり、実用性がおろそかになっている美術館もある中で……

 交友があった美術評論家の酒井忠康さんは言う。

「建物自体の芸術性を追求するあまり、実用性がおろそかになっている美術館もある中で、谷口さんは建築と美術作品が張り合うなんて全く念頭にない。展示作品とお客さんについて徹底的に考え、設計していた。この点がニューヨークでも評価されたのです」

 谷口さんの建築は端正、一見すると箱のようで威圧感はない。そして周囲の環境に溶け込んでいた。奇抜なデザインではないのだ。

 長年親交があった建築家で東京工業大学名誉教授の仙田満さんは振り返る。

「吉生さんは建物を単体としてではなく、敷地との関係から常に着想したのです。敷地には歴史や育まれてきた環境がすでに存在します。それに敬意を表し、調べ尽くすことから始めていました。MoMAでも同じ手法を取っています。既存の建物やマンハッタンの街並みを尊重したからこそ、周囲となじみ、借景としても生かされていました」

 建築家としてどう作りたいかではなく、何が求められているのかを謙虚に考え抜く。一方、発注者の言いなりにならず、駄目なことは最初から明確に主張した。

「自分の名が知られることより、この美術館は心地よかったなと印象に残ればうれしいと思う、エゴとは無縁の人です」(酒井さん)

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