「袴田事件」を描いた異色の新作劇「反骨」…作・演出家が語る2時間の舞台に込めた思いとは

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「被告人、袴田巌は、無罪!」

 その役者とは――つい最近、2024年11月7日に、82歳で没した俳優、神太郎〔じん・たろう〕さんである。ベテラン役者で、TV「クイズ地球まるかじり」でグルメ・リポーターをつとめて大人気となったのをご記憶の方も多いだろう。渋い低音の声が魅力で、声優やディスク・ジョッキーとしても活躍した。

「神さんとは、もう長い付き合いで、たとえワン・シーンでも、俺の芝居には、毎回、出演してくれていました。今回も、8月に第一稿を書き上げた際の試し読みには来てくれたんです。その際、ずいぶん痩せていたので、心配したのですが、ご本人は『熱中症なんだよ』なんて笑っていました」(香川さん)

 しかしその1か月後、香川さんのもとへ、神さんから電話が入る。

「実は、すい臓ガンで、もう長くないというんです。だから、今回の役は下ろしてくれ、と。ショックでした。実は神さんは、お父さんが福島地裁の判事だったんです。それだけに、裁判官という職業をとても身近に感じていて、ぜひ演じたいといってくれていたんです。しかも熊本弁護士は、神さんとほぼ同年齢でしたから……」

 そこで、急きょ、熊本弁護士役は、坂元貞美さんに演じてもらうことになったのだという。

「しかし、俺としては、どうしても、神さんには、何かの形でこの芝居にかかわってほしかった。そこで、劇中で流れる、再審決定の判決文を読み上げる裁判長の“声”に、録音で出演してもらうことにしました」

 低音の渋い声は、神さんのトレード・マークである。神さんは、快く承知してくれた。香川さんは、録音機材をもって、寝たきりの神さんのもとを訪れる。弱った身体を起こして、死が近いとはとても思えない、力強い声で、神さんは、マイクに向かって、こういった。

「被告人は極めて長時間、死刑の恐怖のもとで身柄を拘束されてきた。これ以上拘置を続けるのは耐えがたいほど正義に反する。よって死刑執行を停止し釈放を認める!」

 結局、神さんは公演を観ることなく、初日2週間前に、息を引き取った。遺族の要望で、神さんの告別式で、その録音が流されたという。神さんの、最期の仕事だ。

そして舞台では、最終無罪判決の“声”が流れた直後、小川より子さん演じる、姉のひで子さんが、こういう。

「終わったよ。お前は無罪だ!」

 1966年8月18日に逮捕された袴田巌さんは、2024年9月26日、これらの“声”によって、死刑の恐怖から“解放”されたのである。

 舞台「反骨」は、静岡・浜松市浜北文化センターで、7月30日~8月1日に再演が決定している。浜松は、袴田さんの故郷である。
(一部敬称略)

森重良太(もりしげ・りょうた)
1958年生まれ。週刊新潮記者を皮切りに、新潮社で42年間、編集者をつとめ、現在はフリー。音楽ライター・富樫鉄火としても活躍中。

デイリー新潮編集部

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