「これだけ勉強家で、努力家で、原稿を書ける人はいない」「渡辺さんを『偉大』とは言わない」 渡辺恒雄氏の知られざる素顔とは

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「あの時代の方で奥様自慢を素直にする方はなかなかいない」

 前述した通り、渡辺氏は晩年になっても勉強を怠らなかったが、

「知識に裏打ちされた自信があったからこそ、言いたいことが言えたのだと思います。05年に『オフレコ!』って雑誌を出して渡辺さんにインタビューしたのですが、その時ずっと奥様の話をしていた。堂々と奥様自慢をするところが、やっぱりこの人は面白いなと思いました。あの時代の方で奥様自慢を素直にする方はなかなかいませんよ」(田原氏)

 カネの面はどうか。

「私の知っている限りでは、渡辺さんは私腹を肥やすということはなく、政治家とのコネクションを使って会社のためになることには汗をかく。それが結果的には自分が社内で権力を獲得していく上での足掛かりになったわけです」

 元読売新聞記者でジャーナリストの大谷昭宏氏はそう話す。

「読売の論調に関する渡辺さんのやり方は“社論は統一されなければならない”というもの。その社論というのは、渡辺さんが考えている社論です。そうなると、社内的な言論の自由はない、ということになります。まさに社内的には独裁者でしたよね。君臨していた、ということです」

「私は渡辺さんを『偉大』とは言わない」

 権力との近さについては、

「当初は新聞記者の正義感で動いていたと思います。しかし権力の中に入っていって、次の総理はこれにしようかって考えるうちに、やっぱりジャーナリストではなくプレーヤーの方が権力の醍醐味を味わえる、と渡辺さん自身が変節していったのではないでしょうか。私自身は、それには許し難いような違和感を持っています」(大谷氏)

 それゆえ、

「私は渡辺さんを『偉大』とは言わないわけです。巨大な政治記者、あるいは巨魁だったかもしれない、と思うのです」(同)

 終生一記者を貫く――渡辺氏が生前建てた墓には、中曽根氏から贈られたそんな墓碑銘が刻まれている。

 前編【共産党に入党するも除名され読売新聞に… 渡辺恒雄氏が“独裁者”として君臨するまでの道のりを追う】では、徴兵、入隊を経験後、共産党に入党するも除名され読売新聞に入社し、“独裁者”として君臨するに至った渡辺氏の足跡について、渡辺氏をよく知る人物らの証言を消化している。

週刊新潮 2025年1月2・9日号掲載

特集「政界を牛耳った 読売『ナベツネ』の記者人生」より

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