「山谷を日本のガンジス河に」 “逆縁”の世界を見て絶望した男が「きぼうのいえ」を作った理由

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福祉事業家の顔に

 4階建ての「きぼうのいえ」の屋上には礼拝堂をつくり、キリスト教だろうと仏教だろうと関係ない「宗教多元主義」を掲げて、葬式をやってきた。

「山谷のホスピスに入ってくる人たちは皆さんニヒリストで、遺品を整理していると昔の写真が出てきたりするのだけど、とんでもない悪相というのがよくありましたね。凶悪事件の指名手配写真みたいで、こわいねえってよく話したんですけど、それは自分以外は信じられねえって世の中でサバイバルをし続けて、世の中への怨嗟でいっぱいになっているから。そういう人の心を変えるのはマンパワー、十分なスピリチュアルケアが必要なんですよ」

 ふと見ると、福祉事業家の顔になっている。

 その人生を振り返り、忘れられないシーンが胸に去来する。

「修道院を出ることになったとき、『死なない命、過ぎ去らない幸せ、滅びない愛』という言葉を贈られて、『無理ですよ』って若かった僕は言い張った。人間は死ぬし幸せは過ぎ去りますし愛は滅び去るじゃないですかって。このとき、言ってもらったのが『あのね山本君、人間には無理なんだけれども、無理な人間がそういうものを求める姿勢自体はとっても素敵でしょ』って。それで道が決まったというか、助けが必要な人を助けて助けて助けて助けた挙げ句、磔にされて死んだイエスのように生きるのだって思ったなあ。『きぼうのいえ』は毎日が戦いで、本当に大変だった」

 表情が穏やかな理由を訊くと、首からさげている十字架を見せてくれた。信仰によるところが大きいようだが、こうも言う。

「山谷を歩いてみて、ホームレスが減ったのが分かると思うけど、それは生活保護による援助のおかげなんだよね。いろいろ言われているけど、とても素晴らしい制度だって思う。僕もそのおかげでこうして生活させてもらえている」

 山本氏の下から去っていった奥さんについて向けると「地方の高齢者施設で看護師をしているらしいですよ。精神科だったか。何年か前に会う機会があったんだけど、もう別々の人生を歩いているからって断っちゃった。会わなくていいや」と笑い話のように答えたが、一緒に暮らす愛猫の「相棒みその」はその元奥さんが拾ってきたもので、名前も長野県の御園という彼女の故郷からつけていた。

「離婚の原因は性の不一致だったよ」などと語りながらも、遠く離れた元伴侶への思いをすべて忘れ去ることなどできないのだろう。

 部屋を後にする際、玄関まで立って、見送ってくれた。よれよれのパンツ姿だったが、差し出された手を握ると大きく、温かい。

 ***

 第1回では、「きぼうのいえ」の理事長を解任された後、総合失調症を患い、サラ金から約600万円の借金をした山本氏の壮絶な人生を振り返る。

デイリー新潮編集部

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