吉原のど真ん中 家賃5万3700円に住む61歳「山谷のおくりびと」 毎日寝たきりも「希望はある」

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大好きな酒は「不味い」

 大好きだった酒はどうしたのか。

「それが、あるとき不味いと感じてね、臭く感じてやめちゃったの。大学生の頃から飲み始めて、1日にビール6本にウイスキー1本、さらに焼酎一瓶半くらい飲んでいたのに、不思議だなあって。断酒の薬を飲んだこともあるし、身体に悪いからって禁酒を医者から命じられたときも隠れて飲んでいたのに。そういえば、大酒飲みだった父もぴたって飲むのをやめたみたい。一生分飲んだからって」

 その「あるとき」とは理事長職を解任されてダウンし、病院の精神科に入院した後のことらしい。入院費がかさんで追い出された上、消費者金融などからの借金約600万円を抱え「きぼうのいえ」隣の一軒家をリースバックで手放してもまだ足りない。統合失調症の身でどう切り抜けたのか。

「あのときは周りの人が助けてくれた。死なないためなら借金踏み倒せって、破産一歩手前の任意整理をしてくれた。ベンツ一台2000万円以上する時代だから大した額でもないだろうけどさ」

 そうやって生き延びて、辿り着いた吉原の賃貸マンションの部屋。

「(旧約聖書の)『ヨブ記』の苦難の意味がこういう身の上になってようやく分かった気がする。文字面で分かったような気でいただけだった。理不尽な目に遭って、社会からつまはじきにされた山谷のおじさんたちのかなしさも、自分が同じ体験をし、同じような境遇にならないと本当に理解することなんてできないのかなあって思う」

 聖書にはイエスの言葉として「いつまでも存続するものは信仰、希望、そして愛」と記されているといい、

「それも本当だね。イエスは絶望のなかでその言葉を言ったとされているんだけど、この汚い部屋を訪ねて来てくれるヘルパーさんや介護士の方が笑ったり、話したり、おいしそうに何か食べるところを見るだけでも、ああ幸せだなあって感じ。睡眠障害が激しくて、飲んで死んだ人がいるというくらい強い睡眠薬を飲んだりしているけど、ありありと分かる。どんな負の状況にあっても希望はあるんだよ。キラキラ輝いて見える」と、しみじみと語り、煤けた天井を見上げた。

 山本氏を理事長職から 解任し、施設から追放した「きぼうのいえ」のスタッフたちに対しても「恨みとか? 全然ないよ」と一蹴するのであった。

 一食に弁当ふたつを食べていた大食漢だけに、チーズバーガーに「ハンバーグ&牛サガリの御膳」と「スペイン産ベジョータイべリコ豚重」という豪華弁当ふたつを土産として渡したが、大喜びしながらも「今はあまり食欲がなくてね。あとで頂くよ」と大人しい。106キロあった体重は70キロに。山本氏が看取ってきた高齢者たちのように横たわり、半ば寝たきりだが、もう生きる気力を失くしたのかと訊くと、こう答えた。

「まだやりたいことが3つある」

 と。

 ***

 第3回では、山本氏が吉原で受けた衝撃体験、「人の生き死に」について語る。

デイリー新潮編集部

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