ポピュリズムもSNSも「1930年代初頭」にそっくり “特効薬”を求めてしまう時代の怖さ

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ポピュリズムが支持される時代

 欧米諸国でも日本でも、2024年は国政選挙で与党が苦戦した。イギリスでは与党の保守党が大敗して14年ぶりに政権交代し、労働党のスターマー党首が新首相に就任した。 フランスではマクロン大統領が解散総選挙という賭けに出た結果、極右政党に大敗した。 そして周知のとおり、アメリカではトランプ氏が大統領選挙に圧勝し、上下両院選挙でも共和党の勝利に終わった。

 こうした状況に導いたのは、昨今のグローバリゼーションやIT革命の影響で格差の拡大にあえぐ人たち(あるいは、そういう説明を受けた人たち)だと考えられる。

 むろん、日本も同じ状況にある。先の衆院選で自民党が大敗し、少数与党に転落した背景には、「失われた30年」と呼ばれる停滞と、そのなかでの格差拡大、そんな環境に置かれていることに対する怒りが背景にある。 だからこそ、国家百年の計よりも「裏金問題」に敏感に反応し、刹那的に所得を増やすことを主張するポピュリズムが支持される。

 総じて、欧米諸国においても日本においても、将来に向けたビジョンに目が向けられなくなり、短期的な所得の増加を求める低中所得者層の要求ばかりが、大手をふるうようになっている、先を見る余裕がないまま、即効性を求めて急いでいるともいえよう。

 こうした状況にいま、ある怖さが感じられるのだが、それは、過去にもよく似た時代があったからである。

景気回復に即効性を求めた結果

 第一次大戦後の1920年代、アメリカ経済は好調をきわめ、日本や西欧諸国もそれに続いた。ところが1929年、ニューヨークの株式市場での株価大暴落を機に、アメリカが金融危機に陥ると、そのころ初歩的ながらグローバリゼーションが進展していただけに、影響は世界に波及して、2年後には世界が大恐慌に覆われた。

 日本もいわゆる昭和恐慌に見舞われ、企業が倒産しては失業者が増え、社会不安がふくらんでいった。こういうとき、国民が冷静さを失わず「将来に向けたビジョン」を見据えることができればいいが、現実には、多くの人は即効性のある政策が求めてしまう。景気をただちに回復する特効薬などあるわけないのだが、それでは国民は納得しない。

 そのとき日本軍に生まれたのが、大陸に進出することで不景気から立ち直る、という考え方だった。1931年9月18日、関東軍は南満州鉄道の線路に爆薬を仕かけて爆破させ、それを中国軍が行ったことにして軍事行動を起こした。柳条湖事件である。 翌年3月には満州国が建国され、その後の日中戦争につながっていく。

 自衛目的で満州に進出した、というのが日本の主張だったが、中国(中華民国)はこれを日本の侵略行為だと主張して国際連盟に訴え、中国側の主張が受け入れられると、日本は1933年3月27日、国際連盟を脱退した。

 だが、こうして国際的に孤立を深めるなか、日本国内では、大陸で勝利を重ねて領土が広がることが、よろこびとともに受け入れられ、世論は陸軍を称揚した。 民意がそうなれば政治家は迎合し、新聞も戦意を高揚させる記事を書き立てるようになった。その端緒は、国民が景気回復に即効性を求め、大陸侵攻というろくでもない特効薬が提示され、受け入れられてしまったことにあった。

 同様のことが起きたのはけっして日本だけではない、ということも忘れてはならない。たとえば、ドイツは第一次大戦で敗北していただけに、恐慌の影響が大きかった。ようやく復興が途に就こうというところで空前の不景気に見舞われ、600万人からの失業者があふれることになった。そのとき、ドイツの栄光と生活の向上を力強く訴え、圧倒的な支持を勝ちとったのがアドルフ・ヒトラーだった。

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