「自分が真っ二つになった」声優・林原めぐみが苦手な歌手活動を33年も続ける理由
モヤモヤに現れた「3人目の自分」
――「林原めぐみ=歌手」のイメージを持つ人も多いかと思います。自分の本当にやりたいことと、世間から求められることのギャップにモヤモヤしたことはありませんでしたか?
林原:30歳くらいのときにモヤモヤしていました。それまで声優として裏方の仕事しかしたことがなかったのに、PV撮影で自分が前に出なきゃいけない状況と、それをしたくない自分が乖離して、真っ二つになったんです。でもそのとき3人目の自分が「まあまあ」と現れて、「応援してくれている人の人生に関わっているんだということを、改めて思い出そう」とか、「できない自分を責めるんじゃなくて見方を変えてみよう」とかって言い出したんですね。
3人目の自分という俯瞰した目線を持てたのは、私の中にこれまで演じてきたいろいろなキャラクターがいたからだと思います。「(スレイヤーズの)リナだったらこう考える」「(エヴァンゲリオンの)レイちゃんならこう思う」という、自分以外の思考が図書館のように脳内にあるんです。自分の中に矛盾するいくつもの”自分”があっていいんだと思えてからは、それまで苦手だった歌手活動も「来たものを真摯に受け止めて、より全力でやる」という粛々とした姿勢に変わりました。ただ作品とセット、作品ありきという気持ちは変わっていません。基本的には私の事は知らなくていいから、作品を好きな人が盛り上がってくれればいいなと。
――やりたいかどうかは脇に置いて、「必要としている人に歌を届ける」という役割に徹することができるようになったのですね。林原さんの楽曲の「役割」とは何だと自覚していますか?
林原:「みなさんの私生活のどこかに寄り添う」ことです。大人も子供も、生きていればみんな壁にぶつかることがある。でもネガティブなことって、すべては捉え方次第なんですよ。コップに水が少ししか残ってない状況で、ただじっとそこで水を見つめて耐え忍ぶか、それとも僅かな水を糧にして泉を探しに行くかで、良い悪いではなく、得られるものは変わってくると思います。
かといって、「強制的なポジティブ」も非常に暴力性をはらむものなので、その人の中から湧いてくるポジティブに働きかけたいなと思っています。全ての物事はオセロの白黒のように二面性がありますが、それをめくるときに勇気がいると思うんですよね。そのとき私がめくるのではなく、自らめくる気持ちになっていただけたら嬉しい、みたいな気持ちです。
たとえば「行きたいけど、どうしよう」と思っている人がいたとする。「どうしよう」の裏には「行きたい」というwantが実はあるので、「行ってみたら?」とさりげなく背中を押したい。そして行動に移した結果落ち込んだとしても、その落ち込みこそ動いた証だし宝だよ、と言いたいです。
「どうせ」という言葉がいちばん人を病ませると思うんですよね。「どうせやってもムダだ」のように、ネガティブなフレーズに多用されます。でも同じ言葉でも「どうせダメならやってみよう、やってダメでもいいじゃん」なら前に進むことができるんです。
――やってダメでもいい……。成功だけを肯定するのではなく、ありのままの結果を受け止めるということなんですね。でも、それが難しいんですけどね(笑)。
林原:そうですね。時代が待てなくなってきていますからね。たとえばお寿司屋さんでいうなら、昔は職人さんが何年もかけて技を磨いてお寿司を握っていたのに、いまや今日入ったパートタイムの人が寿司にぎり機で提供しなくちゃいけない時代ですから。吟味したり繰り返したり反省したりがなかなかしづらい世の中になっているぶん、急ぐことを強いられている人は多い。それでも、人間本来の心の使い方は原始時代から変わっていないと思うんです。
――時代が変わるに従って、歌詞のつくり方も意識的に変えている部分はありますか?
林原:「私生活に寄り添う」という根幹は変えていないのですが、以前に比べて「わかりやすくする」という点は意識しているかもしれません。たとえば2010年にリリースした”集結シリーズ”(パチンコ『エヴァンゲリオン』シリーズの歴代テーマ曲)の「集結の運命」という歌では、歌詞の中に『エヴァンゲリオン』のキャラクターの名前を忍び込ませていました。隠されたメッセージを探すのが好きな人がいたので。でも探すのが面倒くさかったりとか、早めに答えを知りたいという人も増えた中、あえて目には易しく作詞するようにはしています。メッセージが届かないことがいちばんもったいないですからね。
それから最近の傾向でいうと、傷つきやすい人が増えた気もします。SNSで何気ない一言が炎上してしまったり、自分の正直な気持ちをポロリと投稿したら反対意見の人たちから激しく責め立てられたりしてしまう、というインターネット特有の環境もあるのだと思います。
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