「病院のハシゴ」は意味がない? 慢性的な疼痛が消えない理由と効果的なトレーニングは? 「脳が痛みを作ってしまう」

ドクター新潮 ライフ

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イラストを見ただけでも不快感が

 実際、厚生労働研究班の調査では、整形外科での飲み薬や湿布薬などによる治療に「非常に満足している」と答えた方はわずか4%で、「やや満足」を加えても全体の約3分の1に過ぎません。これは、慢性的な痛みは整形外科的なアプローチだけでは改善しないケースがあることを物語っています。

 実は慢性的な痛みの中には、「治療したから治まる」という単純なものではなく、もっと複雑で、個人的な経験や環境に由来するものが含まれているのです。

 例えば、床に置いてある重そうな荷物を、膝を曲げず腰だけを屈めて持ち上げようとしているイラストを見せてみます。腰痛を経験したことがある方は、そのイラストを見ただけで不快感を覚え、嫌がります。なんと、リアルな腰痛を感じる際と、このイラストを見てバーチャルに痛みを感じる際に反応する脳の箇所は同じ。つまり、リアルだろうがバーチャルだろうが、同じような「痛さ」を覚えているのです。一方、腰痛経験がない方は、イラストを見ても何も感じない場合がほとんどです。

 また、事故によって手をけがしてしまい、普段から手袋を着けている患者さんがいました。その方に、手袋を外して手のひらをこする映像を見せると、実際にはその患者さんは何もされていないのに、映像を見ただけで痛みを感じていました。

 これらの現象は何を意味するのでしょうか。それは、脳が痛みの信号を記憶してしまい、イラストや映像によってその記憶が呼び起こされることを示唆しています。医学的な「痛覚」は生じていないのに、その方の記憶に基づいた「痛み」が発生している。梅干を見ると、食べてもいないのに酸っぱさを覚えて唾液が出てくる。これと、痛みの記憶に関するメカニズムは非常に似ているのです。

痛みは“いい加減”なもの

 もう少し詳しく分析してみましょう。体の一部をたたかれたとします。脳に痛覚の信号が伝わるとともに、「嫌なことをされた」という辛さや苦しさといった感情に関する信号も脳に伝達されます。前者は感覚であり、後者は情動です。そして慢性疼痛は、感覚ではなく情動によって生じることがあるのです。だから、「治っているはず」なのに、不快な記憶が呼び覚まされ、情動が生じて痛みを覚えるわけです。

 逆のパターンを考えてみると、自ら望んでアントニオ猪木さんにビンタをされた方は、間違いなく痛いはずなのに、不快な情動が生じていないため「痛み」は感じないといいます。痛みが情動と深く関係している証です。

 付言すると、椎間板ヘルニアで腰が痛くて痛くて仕方がないと訴えていた患者さんが、五十肩になると、肩の痛みが気になって腰の痛みはすっかり忘れ、消えてしまったというケースもあります。このように、痛みとは、ある意味では“いい加減”なものともいえるわけです。

ゴールの変更

 それでは、これまで説明してきたような、患部の組織の損傷によって生じる「痛覚」ではなく、記憶に基づく情動によって引き起こされる慢性的な「痛み」には、どう対処すればよいのでしょうか。

 患部には大きな問題はないわけですから、整形外科的な治療をしても効果は期待できず、無用な薬を服用し続けることにつながりかねません。

 一方、痛みに関する記憶を消すことも極めて難しいでしょう。忘れ去りたいのに忘れられない。先ほど説明したように「痛み」は「元恋人」のようなものですから、都合良くその記憶だけをピンポイントで消し去ることは現在の技術ではできません。

 ならば、慢性疼痛を「治す」ことはできないではないか。そう思われる方もいるかもしれません。さて、どうするべきなのか。

 答えは「ゴールの変更」にあります。慢性疼痛をゼロにすることをゴールにするのではなく、慢性疼痛があっても普通に生活できることをゴールにするのです。

 慢性疼痛の方は、痛みとそれに伴うさまざまな生活上の支障によって、マイナス思考に陥るケースが珍しくありません。なぜ痛みの原因がはっきりしないのか、痛みをゼロにしてすっきりしたい、痛みがある限り思うように動けないのは仕方がない、だから動きたくない、なんで自分はこんな目に……。

 このような負のループを「思考の破局化」と言います。慢性疼痛は情動と関係しているケースが少なくない以上、こうした後ろ向きの姿勢は快方に向かうための阻害となります。

 そのため、痛みをゼロにすることを最終的な目標にするのではなく、少々痛みは残っていても快活に過ごすことを目指すように、考え方を転換することが重要なのです。痛みを「いったん棚上げ」するわけです。

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