「月の儲けは15万」日本の図書館の雑誌から無断転載し、化粧品を転売… 「中国人転売ヤー」のリアルな日常
推しグッズに限定品、発売前から人気の新商品――需要が供給を上回ると見れば、品目を問わず大量に買い占めては高額で売り飛ばす。それが「転売ヤー」だ。現代社会の新たな病理となりつつある彼らは、いったいどれぐらいの利益を得ているのか。
中国人のLは、化粧品など女性向け商品を中心に扱う転売ヤー。生配信で日本の化粧品を紹介する様子はあたかもインフルエンサーだ。奥窪優木氏が転売ヤーたちに密着した『転売ヤー 闇の経済学』は、SNSを駆使した彼女の「ビジネスモデル」を解き明かしている。(引用はすべて同書より)
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ゆるゆる配信で注文受付
ある夜、Lはスマホのカメラを自分に向け、リキッドファンデーションを吸い込ませたパフを右頬に叩きつけていた。時折「伸びがいいけどしっとりしている」、「カバー力ありますね」などと呟く。
スマホカメラの向こうには、数百人の視聴者がいる。Lは中国のSNS小紅書(シャオホンスゥ)で自らのフォロワーに向け、日本の美容用品を紹介する生配信をしていたのである。
美容用品に特化したLのアカウントには、現在、4000人以上のフォロワーがいる。
Xやインスタグラムでフォロワー4000人というと、日本の一般人ではなかなか到達が難しいレベルだろう。しかし中国には日本の10倍以上の人口がいることもあり、小紅書でフォロワー数千人規模のアカウントは、ざらに存在する。
数十秒に1回の頻度で「ピロリロ」という音が鳴る。紹介している化粧品に対して注文が入ったことを知らせる小紅書の効果音だ。
彼女が行っているのは、ここ数年、中国の電子商取引市場を牽引しているライブコマースである。アカウント主は生配信を通じて商品を紹介し、視聴者は購入から決済までを小紅書の中で完結することができるのだ。これぞ、小紅書が多くの世界的なSNSと一線を画している機能のひとつだ。小紅書は月1回以上ログインする約2億人のアクティブユーザーの9割を10~30代前半の女性が占めるとされている。こうしたセグメントを反映し、小紅書でのライブコマースで取り上げられるコンテンツは、化粧品や女性用のファッションアイテムや旅行情報などが中心となっている。なお、小紅書では生配信での即売以外でも、動画や画像の投稿に商品名をタグ付けすることで、それを見たユーザーに購入を促すことができる。
さしずめネット版の通販番組といったところだが、Lの配信は、プロの販売士が売り文句を捲くし立てるようなものではなく、テーブルに並べた複数の商品を気まぐれに試用しながら、率直な感想をダラダラと述べるだけのゆるいものである。にもかかわらず、注文通知が次々と鳴り響く。この日は5分ほどの配信で、40件の注文が入った。ただ、この時点で彼女は商品を手元に持っていない。生配信で獲得した注文に従ってドラッグストアや百貨店に買い出しに行き、それぞれの注文者の元へと届ける。リスクの少ない無在庫転売という形で、利益率は商品によって30~50%と高収益だ。
雑誌を無断転載し商材に
彼女が小紅書を使った転売ビジネスに参画するようになったのは、コロナ禍がきっかけだった。日本の大学を卒業したのち、東京にある中国系の不動産会社で4年ほど賃貸物件の営業職に就いていたのだが、2020年のコロナ禍の影響で物件を探す人が激減してしまった。それまで収入の半分近くを営業コミッション(成果報酬)で稼いでいた彼女にとって、これは文字通りの死活問題だった。
2020年夏には、彼女の会社でもテレワークが認められたが、どこにいようとやるべき仕事はほとんどなかった。カネを使わずに有り余る時間を潰すには、スマホが一番手軽だ。日がな一日スマホをいじる生活を続ける中、彼女の興味を引いたのが小紅書でのライブコマースだった。同年代の在日中国人が動画の生配信で紹介する日本製フライパンが、母国でロックダウンや人流制限策のなかで暇を持て余している同胞たちに2倍近い価格で飛ぶように売れていたのである。
一念発起したLは、人気のある在日中国人配信者のアカウントを複数フォローし、分析を開始する。すると、成功を収めているアカウントにはいくつかの特徴があることがわかった。
まずはアカウントのテーマが明確であることだ。アニメもスイーツもファッションアイテムもといった具合に複数のコンテンツを取り上げるアカウントより、特定のテーマに絞って投稿しているアカウントの方が、フォロワーが多い傾向にあった。フォロワーとの密なコミュニケーションも重要のようだった。1000人以上のフォロワーを持つアカウントの多くは、1日数回は写真や動画を投稿することはもちろん、フォロワーからの質問に答えるなどして信頼関係を構築している。また、一時爆買いの対象として話題となった医薬品分野は、扱うアカウントが多すぎるためか、飽和しているように見えた。
研究結果も踏まえ、彼女はまず、美容関連品に特化したアカウントを開設することにした。ある程度の知識や興味がある分野で戦う方が、ハードルが低いと考えたためだ。中国の地方都市で青春時代を過ごしたLは、来日前はほとんど化粧をしたことがなかった。日本に来て、彼女は日本製化粧品の品揃えの多さに目を奪われた。特に魅力的だったのは、アイシャドウや口紅のパッケージデザインである。どれもまるで宝石や高級菓子のような凝ったもので、中国にいた時に見た化粧品とは全く異なっていた。彼女は、収集欲を満たすために気に入ったデザインの化粧品を買うようになった。化粧品が手元にあると、肌につけてみたくなるものである。大学を卒業する頃には日本風の化粧も一通り覚えた。
新設したアカウントで最初に投稿したのは、アラサーを対象とする日本のファッション雑誌の美容ページの写真だった。そこで日本のモデルが語るメイクアップの秘訣と、愛用の商品についての内容も翻訳して添えた。著作権の侵害だが、これは、同様の手法でフォロワーを獲得しているファッションアイテム系のアカウントに倣ったものだ。文章を書くのが苦手な彼女にとって、雑誌の内容を転載するだけでいいというのは都合が良かった。
すると投稿から2日後には、40件以上の「いいね」がついていた。フォロワーも100人程度獲得することができた。Lはこれに味を占め、図書館でありとあらゆる女性誌の美容ページをスマホカメラで撮影し、それらを小分けにして1日2~3回ずつ投稿していった。アカウント運営を3週間ほど続けると、フォロワーは400人ほどに増えていた。
この頃になると、投稿からの注文がポツリポツリと入るようになっていた。「オペラ・リップティント」という名のリップが、彼女が最初に小紅書で転売した商品となる。
リサーチも販売もSNSで
アカウント開設から1ヶ月ほどを経て、フォロワーが500人を超えた時点で彼女は初めてのライブコマースを行った。80人ほどの視聴者から、オペラ・リップティントや美容液など約30点の注文が入った。
ライブコマースを始めた当初、彼女は深夜の通販番組のように、商品の魅力を誇張して伝える配信を心がけていた。大袈裟な言葉で商品を褒めちぎればちぎるほど、注文が入った。しかし、巧言を弄して得た注文は、キャンセルも多かった。配信を見た後に、注文者が冷静になってその商品に関するネット上のレビューなどを見て、購入をキャンセルするのだ。また、フォロワーの定着率の悪さも課題だった。配信時の大袈裟な言葉に乗せられて購入した視聴者は、実際に商品を使用し、期待以下のクオリティだと、配信者に裏切られた気持ちになってフォローを解除してしまうからである。実際、今のゆるゆるした配信スタイルに変えてから、注文後のキャンセルは半分に減り、フォロワー数も順調に伸び、アカウント開設から1年で4000人に達した。このアカウントだけで、月に15万円ほどの収入を得られている。
日本企業からのオファー
そんな彼女の元に、とあるPR会社から連絡が来た。内容は、ある日本のメーカーの美容マッサージ機を、小紅書のアカウントで販売してほしいというものだった。売上の3割が彼女に支払われるという条件だ。結果、彼女は合計3回の生配信で15点を売り上げ、約8万円を手にした。収入としてはたいしたことのない金額だ。しかし、転売ヤーとしてスタートして3年足らずで、正規メーカーから仕事の依頼を受けるようになったことに、彼女は一種の充足感を得た。
このように、実は日本企業もライブコマースを通した中国市場へのアプローチを活発化させている。そこで使われるのが中国のインフルエンサーだ。
例えば北海道土産の定番、「白い恋人」で知られる石屋製菓は、人流の停滞によって売れ行きが低迷していたパンデミックの中、中国でKOL(キー・オピニオン・リーダー)と呼ばれるインフルエンサーを用いたライブコマースを活発化させていた。
中国のライブコマース界の代表人物として知られるのが、リー・ジアチーだ。2017年にいち早くライブコマースの配信者として活動をはじめた彼は、立板に水のようなセールストークと中性的なルックスで人気を博し、2018年には1万5000本の口紅を5分で売ったことから「口紅王子」の愛称が付けられた。石屋製菓が中国でのライブコマースに起用したのも、リーだ。2022年1月の配信では、1分30秒で白い恋人10万箱を即売し、その売り上げは1億円に達している。
彼は最盛期にはアリババの通販サイト淘宝で、8000万人近いフォロワーを擁し、年収30億円を誇ったといわれている。ところが2023年9月に「アイブロウペンシルの値段が高すぎる」とコメントした視聴者に対し「努力が足りない」という趣旨の反論を行ったことが批判され、炎上。ライブコマース配信者としての地位には翳りも見え始めている。一人のインフルエンサーが消えれば、その椅子に別のインフルエンサーが座るだけ。
志願者はひきもきらないのだから。美容マッサージ機の仕事を受けたことをきっかけに、Lは、単なる転売ヤーから脱皮して在日KOLというポジションを目指すようになった。
彼女は間も無く不動産会社を辞め、法人を設立して小紅書ビジネスに専念するつもりだ。