「踊る大捜査線」はエヴァを意識して作られた!? 亀山Pが明かす知られざるシリーズ制作裏話とファンに「ずっと謝りたかったこと」
エヴァの「碇ゲンドウ」をモチーフにしていた?
「踊る大捜査線」は「ネットの評判や反応がドラマ作りに影響を及ぼす」ことを示したパイオニア的な作品になった。この影響を受けて、97年末には公式サイトをオープン。「ネットワーク特別捜査本部」という名のオフィシャルBBSを設置し、ファンの数を着実に増やしてきた。
「エヴァの盛り上がりを考慮すると、ネットのコアファンは大きな可能性を秘めていて、視聴率の1割でも映画館に来てくれれば大ヒットになるのではないかと思った。ネットの盛り上がりが、映画化の後押しになったことは間違いない」
驚くことに、「踊る大捜査線」の作風に関しても、エヴァを意識していたと明かす。
「漢字の多用などエヴァ的な要素を意識したり、キャラクターショーのようにすることで分かりやすさを演出した」
たしかに、碇ゲンドウは権力の象徴のような存在で、踊るでいうと本庁のようなイメージに近い。また、市民を守ろうとしながらも葛藤を抱える少年たちは所轄の刑事たちに似ているとも言える。
『踊る大捜査線』は、コメディを基調とするドラマであるため、人物の性格や特徴を際立たせるカリカチュア度も高い。万人にも分かりやすいキャラクター、加えてインターネットを駆使した展開。こうした緻密な戦略が、ヒットを作り出す追い風になったというわけだ。
「しかし、繰り返しになりますが、劇場版第一作目の『踊る大捜査線 THE MOVIE』(1998年)が、ここまでヒットするとは思わなかった。興行成績に左右されたくないとは言いつつも、続編を作るとなると、どうしてもそのことがちらついてしまう。前作を越えるためにはどうしたらいいだろうといったことを整理していたら、5年もかかってしまった」
『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(2003年)は、観客動員数1260万人、興行収入173.5億円という、今現在も実写邦画日本歴代興行収入第1位を誇る超ヒットを記録する。杞憂に終わるとは、まさにこのことだろう。半面、「あまりにもコンテンツとして大きくなりすぎてしまった」と亀山は振り返る。
「輪をかけて、2004年に和久平八郎役のいかりや長介さんが亡くなってしまったことで、踊るシリーズは終わったものだと考えました。しかし、個人的な感情と会社の事情は異なる。スピンオフ作品やテレビのスペシャル版を作るなかで、若いプロデューサーたちに継承しようと試みたものの、ハンドリングすることは難しかった。また、ドラマの中で各キャラクターも立場が変わる。青島も出世して、係長に昇進した。となると、これまでのように自由に動ける立場ではなくなっていく。やりようが狭まっていった」
“青島俊作”だった亀山は、気が付けば“室井慎次”に
亀山の立場も変わった。2003年に新設されたフジテレビ映画事業局の局長に就任すると、2005年、フジテレビの映画事業は日本一の利益率を誇るまでになる。2006年に執行役員、2010年には取締役へと昇進。かつては現場に赴き、演者やスタッフとともに同じ空気を吸っていた――いわば、青島俊作だった亀山は、気が付くと会議室から指示を出さなければならない室井慎次になっていた。
「室井さんのように思慮深く、それでいて孤独に耐えられる人だったら、もう少しやりようがあったかもしれない(苦笑)」
自ら生み出したものである以上、自ら落としどころを見つけなければいけない。地続きでつながる劇場版2本、「踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!」(2010年)、「踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望」(2012年)、そしてテレビ版の最後となる「踊る大捜査線 THE LAST TV サラリーマン刑事と最後の難事件」(2012年)の計3本を作ることで、終止符を打つことを決めた。
「2007~2008年頃だったと思います。その3作を作って、『踊る大捜査線』を完結させようと。今思うとファンの方を無視した決断です。その点に関しては申し訳ないという心残りがあります。一方で、ファンの方に安心していただきたいのは、演者の皆さんが『やりたくない』といった話は一切ないということ。演者の皆さんは、『踊るシリーズ』をとても大事にされている」
幕引きはしたつもりだった。だが、次第に「このままでいいんだろうか」といった思いが込み上げてきたという。
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