高齢者施設に学校、こんにゃくゼリーも…「なんでもかんでも損害賠償」な社会はちょっと窮屈(中川淳一郎)

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 これは高齢者施設の経営者にとっては肝を冷やす事態かもしれません。2022年8月、当時90歳の男性(基礎疾患あり)が入所する広島市の高齢者施設で新型コロナウイルス感染者が発生。家族はPCR検査を行うよう施設に希望するも、検査は行われず、その後感染が確認された男性は死亡。家族が施設に関連する会社と医療法人を相手に1800万円の損害賠償を求める裁判を起こしたというのです。言い分は早期発見がかなわず、治療が受けられなかったというものです。

「検査で陽性が明らかになっていればそんなに早く亡くならなかったはずだ」という主張になるとは思いますが、施設側は「検査をしたからってそんなに長く生きられなかっただろう」と反論するかもしれない。しかし「お願いしたことをやらなかった」というのは、原告にとっては有利な材料になることでしょう。

 今後、こうした施設は入所の際にさまざまな契約事項を増やしていく必要がありますね。冬に徘徊して凍死をした場合は「見回りの回数が少なかったのと監視カメラで全利用者の状況を24時間把握できるようにしていなかったのが悪い。内側から鍵が開かないようにすべきだった」と主張されたらこれも分が悪い。いずれにしても各施設は「家族が要求した検査や診察、治療を怠ったら大変なことになる」という事例として広島のこの件を捉えなくてはならないでしょう。

 とはいっても、このニュースを聞いた人の多くは「男性の平均寿命は81歳なので90歳ならば仕方ないのでは……」という感想を持ったでしょうが、施設の人はそうは言いづらい。となると契約書で自衛することが一つ。そして、結局は利用者にしわ寄せが行くことになるのですが、「平均寿命以上の入所者を断る」「基礎疾患のある人の入所を断る」なんて手を打つ施設まで出かねません。

 この手の話で毎度不思議に思うのは、学校給食で食べ物を喉に詰まらせて死亡した児童・生徒がいた場合、学校側の管理不行き届きが裁判の争点になることです。

 2016年に大分県の支援学校で高等部3年生の女子生徒が給食を喉に詰まらせ死亡したことについて、「教職員が見守りを怠ったのが原因」と、家族が3700万円の損害賠償を求めましたが、地裁では担任の見守り義務違反を認め、660万円の支払いが命じられました。

 じゃあ、自宅で喉に詰まらせて亡くなったらどうなるのか? 離婚寸前の夫婦だとした場合、「妻がきちんと子を見守らなかった」と夫が裁判を起こす未来もあるかもしれない。まぁ、誰かの責任を追及したいのなら、メーカーを訴えるという前例もあります。

 2008年、1歳9カ月の男児に祖母が凍らせたこんにゃくゼリーを与えたところ喉に詰まらせて死亡したことから、遺族が製造元のマンナンライフを訴えました。結局商品の問題ではなく食べる側の問題だと棄却されましたが、こうしたこともありこんにゃくゼリーは小さく、ハート形にして詰まりづらくし、注意して食べるよう呼びかけるイラストが目立つことになったのです。

 注意書きだらけの社会、ちょっと窮屈ですね。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
1973(昭和48)年東京都生まれ。ネットニュース編集者。博報堂で企業のPR業務に携わり、2001年に退社。雑誌のライター、「TVブロス」編集者等を経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』等。

まんきつ
1975(昭和50)年埼玉県生まれ。日本大学藝術学部卒。ブログ「まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど」で注目を浴び、漫画家、イラストレーターとして活躍。著書に『アル中ワンダーランド』(扶桑社)『ハルモヤさん』(新潮社)など。

週刊新潮 2024年12月19日号掲載

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