ステージ4の直腸がんでフルマラソン! 「がん共存療法」で生き延びる患者の証言 「何かに集中すれば頭からがんの存在が消える」

ドクター新潮 ライフ

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「妻と同じものを食べたい時も」

 マラソンの号砲前、ランナーたちは緊張感からお腹が緩んだり、痛くなったりするものだ。トイレには長蛇の列ができるが、「トイレに並ぶ煩わしさから解放された」と笑う。

「私の場合、直腸を摘出後にストーマの位置を腸(下行結腸)の下のほうに付け替えました。そのほうが状態は安定するようで、通常の便に近い形で出ます」

 被験者の一人で、都内在住の南正幸さん(62)=仮名=にも話を聞いた。1年前にお会いした時と、外見は変わりがない。

 当の南さんはこう語る。

「腫瘍マーカーは時々上がりますが、体調も気持ちの面も変わらな過ぎるくらい変わっていません」

 病気をきっかけに長年勤めてきた介護の職場は離れたが、現在はサービス付き高齢者向け住宅の管理業務の仕事に就いている。18年にS状結腸がんを手術で切除したが、同時に肺転移が見つかった。抗がん剤治療が始まると副作用に苦しめられた。手足が痺れ、冷たい水を飲むと喉が痛むようになった。薬を変えると、脱毛やだるさなどの症状に襲われた。

「このまま治療を続けても抗がん剤が効かなくなるのは分かっていた」という南さんは、新聞広告で山崎さんの著書を知り、「がん共存療法」と出会った。

 南さんは取材場所のファミリーレストランでハンバーグ定食を注文したが、ライスは残し、付け合わせのポテトも口にしなかった。穏やかな表情で南さんはこう話す。

「パスタやラーメンも糖質50%オフのものを食べるようにしています。いろいろと工夫していますが、やはり妻と同じものを食べたい時もあります。臨床試験で他の患者さんはもっと厳格にやっているでしょうし、血液検査のデータを見ながら山崎先生から『南さんが一番甘いな』と言われます(笑)。でも、私は臨床試験の許容範囲内で、自分のペースでやっていけばいいと思っていますし、山崎先生もそれを受け入れてくれています」

 あまりストイックになってもかえって継続できなくなるというものだろう。南さんは謙遜気味に話すが、血液検査のデータなどはもちろん基準値の範囲内だ。

「自分なりに精いっぱい頑張ったなと思っていただけるように」

 臨床試験を患者との「共同研究」と位置付ける山崎さんは、こう強調する。

「患者さんたちは自分の病気が治らないこと、いずれ悪化していくことも分かっています。ですが、やがて人生を閉じる時に自分なりに精いっぱい頑張ったなと思っていただけるような生き方を支援していきたい。この臨床試験の意義は、緩和ケアの基本概念そのものなのです」

 尊厳ある個々の生き方を支える営みは、誠に重いというほかない。

 7人の被験者の方々の病変は緩やかだが、確実に進行している。東島さんも臨床試験開始からちょうど1年が経過した今年6月、CT検査でがん増殖の割合が初めて20%を超えた。標準治療の場合、効果の限界と判断して治療薬を変える一つの基準が、転移病巣の「起点時から20%以上増大」なのである。

「何かに集中すれば、頭からがんの存在が消える」

 今年6月22日、東島さんはX(アカウントは、@maugust44)にこうつづっている。

〈5年生存の実体験から言えることは、ステージ4、手術不可でも生きる気力を失う必要は全くないということ。臓器の機能に直接影響が無ければ、自覚症状なしで転移がんと共存できるということです。がんは無くなりませんが、気を落とさずに残された余命をどう使うのかに集中すべきと思っています。自分がやりたい何かに集中すれば、頭からがんの存在が消えていることに気がつきます。まだまだ人生を楽しめますから。要は気持ちの持ち様です〉

 驚かされるのは、臨床試験での検査後、病院から自宅までの道のりを走って帰っているというのだ。

「ぴったり20キロなんです。これまでは車で通っていたんですが、途中にいい峠道があるので、そこを走りたいと思って(笑)」

 納得のできる人生を全うするため、東島さんは今日も走り続けている。

亀井洋志(かめいひろし)
フリージャーナリスト。1967年愛知県生まれ。「週刊文春」「週刊朝日」などの専属記者を経て現職。著書に『どうして私が「犯人」なのか ドキュメント冤罪事件』(宝島社新書)など著書多数。

週刊新潮 2024年12月12日号掲載

特別読物「ステージ4の『直腸がん』でもフルマラソンで自己ベスト更新 『がん共存療法』で生き延びる患者たちの証言」より

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