「私たちは一貫して黒子です」 斎藤知事「疑惑」のきっかけとなったPR会社社長が学ぶべき「業界の常識」

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 PR会社社長・折田楓氏の「実績アピール」により、せっかく再選を果たした斎藤元彦兵庫県知事に新たな「疑惑」が持ち上がっている。12月に入り、二人を公職選挙法違反で刑事告発する動きも出てきた。
 
 もちろん現段階では単に告発状が出されただけであって、起訴されるかどうかすら不確かであるということは冷静に認識しておく必要がある。

 一方で現時点で確かなのは、折田氏がわざわざ選挙戦の舞台裏をオープンにさえしなければ、そもそも今回の騒動あるいは疑惑は発生しなかった、ということだろう。政党や政治家が広告代理店やPR会社を使うのは今に始まったことではない。おそらく折田氏よりも踏み込んだ形で関与していた会社もあると推察される。が、彼らは表に出していいこと、出してはならないこと、合法と違法の境界線を知っている。良し悪しは別として「知恵」があるのだ。

PRの先駆者の言葉

 折田氏にとって大先輩にあたる人物に矢島尚(ひさし)氏がいる。1943年に生まれた矢島氏は、PR会社・プラップジャパンの創業者。日本におけるPRビジネスの礎を築いたとされる先駆者である。

 2012年、矢島氏は69歳で亡くなったが、生前、何冊か著書を残している。そのうちの一冊が『好かれる方法 戦略的PRの発想』だ。刊行は2006年。いわゆる郵政選挙で小泉純一郎氏率いる自民党が圧勝した翌年にあたる。

 この時期、プラップジャパンと矢島氏は一部で強い注目を浴びていた。選挙前に自民党と契約を結んでいたことから、勝利の立役者という評価が広まっていたからだ。同書はそのタイミングで出版されたもので、矢島氏の手がけた数々のPR戦略が貴重なエピソードと共に語られている。

 ただし、もっともタイムリーなはずの自民党との仕事に関してはかなり抑制的な表現が目立つ。クライアントは政権与党なのだから、折田社長よりもはるかに規模が大きいプロジェクトだった。それにもかかわらず、矢島氏は自身が黒子であることを強調している。

 PR戦略の先駆者の語った仕事についてのスタンス、哲学こそは、折田社長が最も学ぶべきものなのかもしれない。以下、同書から見てみよう(引用はすべて『好かれる方法 戦略的PRの発想』より)。

成果はアピールしない

 郵政選挙での自民党圧勝を受け、プラップジャパンの社名が新聞記事などで登場する機会は急増した。しかし矢島氏は、そういう形で表に出ることを、必ずしも嬉しく思わなかった、という。

「もともと私たちの仕事は、表に出てその成果をアピールするようなものではありません。もちろん当社は秘密結社ではありません。創業してからすでに35年以上経ちましたし、2005年にはジャスダック市場に上場も果たしています。

 しかし、私たちはこれまで一貫して『黒子』の立場をとっていました。そのため、仕事の『過程』そのものがメディアに取り上げられることは滅多にありませんでした。

 そのかわり、私たちの仕事の『成果』は、皆さんお気づきにならないところで目にされているはずです」

 その状況を一変させたのが2005年総選挙だった。

「自民党の驚異的な勝利とPR戦略とを結び付けた報道が急増しました。そして私たちのことが取り上げられるようになったのです。私たちの仕事が少しでもクライアントの利益につながったのならば、それは非常に嬉しいことです」

 重要な文章がこの後に続く。

「ただし本来は、守秘義務がありますから、クライアントの名を当社から明かすことはできません。どこそこのPRをやりましたか、と取材されても基本的にお答えしません。

 自民党の場合も、当社から『選挙で成果を上げた』などとアピールしたことはありません。先方が取材などで当社の名前をオープンにされているので、いまさら否定しても仕方がないというだけのことです」

 同書で取り上げた実例はすべてクライアントに了承を得たうえでオープンにしたものだ、という。

手柄はクライアントのもの

 仕事を受注した経緯についても述べているが、ここでもかなり慎重な表現を選んでいることが分かる。自民党がPR会社の導入を決めた背景には、民主党(当時)の動きがあった。野党第1党の彼らはすでに2003年の衆議院選挙段階で外資系PR会社と契約をしていたのだ。

「そもそもPR会社と契約したいと考えた自民党から、コンペを行うから参加しないか、というお誘いを受けたのは2004年9月のことでした。この時点では、総選挙が近いなどとはまったく考えられていません。ご存知の通り、翌年の『郵政解散』は誰もが予想していない事態でした。従って、あくまでも党の通常の広報活動のお手伝いをするというのが最初のお話だったのです」

 さらに、自分たちの関与についての手柄話をなるべくしないようにしている点も目を引く。

「選挙後、マスコミは、この自民党のPR戦略について次のように分析していました。自民党がPR会社とはじめて契約し、選挙中には世耕弘成参議院議員(当時)を中心に幹事長室、広報本部、政務調査会、情報調査局など党本部職員を横断的に組織し『コミュニケーション戦略統括委員会』を作り、それが党の広報戦略を成功させた、だから選挙で大勝したのだ、と。

 この分析は間違ってはいないでしょうし、PRを担当した会社としては光栄な話でもあります。しかし、やはり根本は、リーダーたちが『伝える』ということに強い意欲を持っていたかどうかの差(注・民主党と比較して)だったと思います。(略)

 ですから、総選挙大勝の原因はときかれれば、私はまず小泉総理の天才的スピーチ感覚、そして見逃されがちですが、武部幹事長のこれまた類まれな補佐役としての才能を挙げます」

 ここでもクライアントを立てることを忘れていないのである。

周囲との関係を向上させる

 矢島氏の述懐は、告発を受けている斎藤氏や折田氏にとって心強い面もあるだろう。自民党も民主党もPR会社と契約して広報戦略をしてきたではないか、それなのに摘発されたことはない、なぜ自分たちのケースだけが問題となるのか、これでは正直者がバカを見ることになるではないか、といった主張に使えるからだ。

 ただし、PRの先輩から学ぶべき点は別にあるのもまた事実だろう。矢島氏は一貫して黒子の立場を強調しているのはすでに述べた通り。また、多くの経験ある企業やプランナーと称される人たちは、法律を理解したうえで違法性を疑われないように仕事を進めているのも言うまでもない。

 同書には次の様な文章もある。

「PRというのは決して人を騙すための技術ではないのです。

 私たちは魔法の杖を振り回してカボチャを馬車にすることは出来ません。また一般の人に催眠術をかけて『このカボチャは馬車だ』と信じ込ませることも出来ません。

 その代わりに、顔中が灰で汚れている女性の顔を拭いて、本来の美貌を見出すことは出来るかもしれません。さらに彼女をお城まで連れて行って、『この人は王子の妃に向いています』とお勧めすることのお手伝いも出来るかもしれません。

 つまり私たちが出来ること、やっていることはあくまでも、対象が本来持っている魅力を最大限にアピールするためのお手伝いなのです。(略)

 魅力を高める。本来の魅力を知っていただく。その結果、周囲との関係が向上する。

 それこそがPRが持つ力なのです」

 残念ながら、今回の折田氏の自己PRはクライアントの魅力を高め、周囲との関係を向上させるのに貢献しなかったようである。

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