「人間の運命は予定調和的に進行しているのかも」と横尾忠則が思った理由
1970年といえば今から54年前、大阪万博の年で僕が34歳になる年のことです。東京国立小劇場に文楽を観に行っていよいよ開演という瞬間に首に猛烈な激痛が走り、いても立ってもおれず劇場の前に止っていたタクシーに乗って帰宅の途に着いた。その時、渋谷で信号待ちをしている僕のタクシーに高速道路から降りてきた乗用車がそのまま追突。救急車で運ばれたものの、全治2ヶ月の重傷で、翌日から都内の病院に入院することになりました。
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結局4ヶ月の入院になり、不完全なまま退院して長期の治療が必要になったので、早速休業宣言をすることにしたのです。この頃は今と違ってグラフィックデザイナーとして活動していたので、クライアントや社会に対して何らかのステートメントを出す必要がありました。自分で言うのも変ですが、われながらデザイナーとしてバリバリに活動している時期だったのです。
「休業宣言」なんて誰もしたことのない聞き慣れない、やゝスキャンダルめいたこの宣言に世間はとまどったようですが、不可抗力な事故による休業はできるだけ前向きにとらえ、この休業期間を逆に積極的な生き方に変えてしまおうと思い、制作は中断しました。そして極力出掛けるようにしました。国内を巡る旅は、秋田県を除く全ての都道府県を巡り、以前から一度行ってみたいと考えていた禅寺への参禅を1年間を通じて体感しました。海外へもできるだけ多く、長く出掛けました。休業の予定は2年間でしたが、いつ解除したともなく、気がついたら、創作の日常に戻っていました。
人生の半ばに休業宣言をしたのは、どうもアンドレ・ブルトンの「シュルレアリスム宣言」が僕の頭の中にあったように思います。いつか、流動する日常という「人間の部」と創造という「芸術の部」の二刀流を人生のどこかで試してみたいという潜在的願望があったように思います。
そんな無意識の願望が、1965年頃にもあって、「死亡宣言」という実にスキャンダラスな宣言をしたものです。デザインの業界紙からイラストを依頼された時、イラストの代りに新聞紙上に「死亡通知」を掲載することにしたのです。この新聞に掲載された死亡通知を事実と勘違いした人が随分沢山いて、この一件は大成功でした。
と同時期に僕は自分が旭日を背景にして首を吊った自死のシルクスクリーン作品をポスターまがいの作品として発表しました。そして、このポスターはある意味で僕のデビュー作になったと同時に、現在も僕の代表作の一点として評価されています。
さらに、僕は徹底して死を表現媒体のひとつとして用い、次に突如発表したのが、『横尾忠則遺作集』という画集です。個人的な架空の死をこれでもか、これでもかと表現媒体にすることで僕は実は死の恐怖から逃がれようとしたのです。
死に対する恐怖は誰にもありますが、死から逃がれる生き方ではなく、死と対峙して、死を超克できないかと本気で考えていました。死を思想化したり哲学とするのではなく、そのような観念的なものとして死をとらえるのではなく、死を肉体化することで死の恐怖を超えられないかと。死の向こう側に立つことによって、恐怖を対象化してしまえば怖くないのでは、ありとあらゆる死を自らの中に内面化できないかと考えたのです。この肉体的現実から分離したもうひとつの現実、つまり霊的現実の内面化も図ろうとして、ありとあらゆる宗教から精神世界の霊的世界に参入することで少しでも死を対象化できないかと、こんなことを休業宣言の期間中に学びながら、この頃、様々な超自然体験に出合いました。そして自らの霊的体験によって僕の内部が開示されていくことに気づき始めました。
もし、交通事故に遭遇していなければおそらく「休業宣言」もなかったと思います。このような様々な体験によって開示される事象はどこか運命的なもの、自分の意志ではどうすることもできないもののように思います。なるようになるということは運命に逆らうのではなく、運命に自分自身をゆだねることによって生じる、その人間の持って生まれた宿命のように思えてきたのです。と考えると人間というのは実に不思議な存在だと思います。
今、ここにある自分を考える時、あの国立小劇場で起った突然の首の激痛がなければ、交通事故にも遭っていません。そしてもうひとつ不思議なことは、国立小劇場に行く前日に僕は厳島神社にお参りして、そこでおみくじを引いたのですが、そのおみくじが「大凶」だったことです。そしてそのおみくじには気になることが二項目記されていました。ひとつは東の方向に注意。もうひとつは交通事故に注意――でした。何もかもが予定調和的に、人間の運命は進行しているのかも知れませんね。
しかし、僕が今日現在健康で絵が描けるのも過去の様々な出来事の積み重ねの結果だと思えば、人はなるようにしかならないということが実証されているような気がします。