厳しい判決が増えた「無理心中」裁判…昭和の法廷が“同情的”だったのはなぜか 「介護殺人」では令和のほうが“温情判決”が下される傾向に

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無理心中は愛他的殺人

 利他主義、あるいは愛他主義という用語がある。フランスの社会学者オーギュスト・コントが提唱した概念で、利己主義と正反対の感情や行為を指す。思いやりの気持ちや、それに基づく行動だ。

「無理心中は愛他的殺人と捉えることが可能で、かつての日本で加害者は同情の対象でした。背景には“家族は常に一緒”という価値観が強固だったことが挙げられます。昔の日本社会では『一家で夜逃げした』と耳にしても違和感を覚える人は少なかったはずです。親が借金などで雲隠れする必要があると、子供も連れて逃げるのです。そこには『子供の人生は親のもの』という思考も透けて見えます。しかし時代が移り変わるにつれ、『親は子供を守る』という文化は根強く残っているものの、『どれほど親が子供を愛していても、親は親であり子供は子供』という意識も強くなってきました。さらに裁判員裁判が始まったことも、無理心中を巡る刑事裁判では温情判決が減り、厳しい判決が増えたことに寄与したのではないでしょうか」(同・碓井教授)

 ところが無理心中でも「親が子供を殺す」という裁判では判決の厳罰化が認められる一方で、「子供が親を殺す」という介護疲れを原因とする裁判で裁判員は温情的な判決を下す傾向が指摘されている。

娘が父を殺して執行猶予

 その傾向は裁判員裁判が始まった当初から顕著だった。2012(平成24)年5月、東京新聞は「制度3年 市民感覚反映 裁判員 性犯罪に厳しく 最高裁調査 『理解難しい』増加」との記事を掲載した。

 裁判員裁判が施行されてから3年目という節目を迎えたため、最高裁が量刑の変化などを調査し、その結果が公表された。記事の中に《介護疲れなど被告人に同情的な理由がある事件では、温情のある判決が出ている》との分析結果が紹介されている。

 近年の判例から介護疲れによる無理心中事件で同情的な判決が下った事例を見てみよう。2007(平成19)年12月、70代の娘は実父の腹や首などを包丁で刺して殺した。その後、自分の首や腹も刺して自殺を図ったが一命を取り留めた。

 娘は35年前から実父の世話をしており、実父は10年ほど前から認知症の症状が出ていた。介護施設の入所やデイケアサービスの利用を拒否し、徘徊を繰り返し、我が子である娘に叱責を繰り返していたという。殺人罪で起訴され、2008年12月に宮崎地裁の裁判員裁判で判決公判が開かれた。

 裁判長は「心身共に疲弊して衝動的に無理心中を決意した経緯は多分に同情できる」と指摘し、懲役3年、執行猶予5年の判決を下した。遺族も寛大な処置を求めていたほか、付近住民など約6000人の嘆願書も集まっていた。

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