「決着をつけましょう」と柳葉敏郎を説得…亀山千広Pが明かす「室井慎次」二部作を“家族の物語”にした理由と、「踊る」の“次”
他作品での刑事役を断ってきた柳葉敏郎
「踊る大捜査線」を知らない人に、簡単にあらすじを説明しておきたい。
同作は、織田裕二演じる青島俊作が脱サラして警察官となり、配属された湾岸署の刑事課でさまざまな事件を解決していく刑事ドラマだ。といっても、彼らが解決する事件は、刑事ドラマにありがちな犯人を追う展開とは一線を画し、軽微な犯罪や日常的なトラブルも少なくない。刑事の物語をサラリーマン的視点で描く、いわゆる“お仕事系”ドラマであり、コメディを基調とした作品でもある。
「所轄の人間である青島君たちは、ドラマの世界の主人公でもあるわけですから、言わばファンタジーで描くことができる存在です。では、彼らと対峙し、物語にリアルを持ち込む存在は何か? 4万人以上いる警視庁、その中でもエリートと言われるわずか200人ほどのキャリア組だと考えた。テレビシリーズで捜査第一課管理官(警視)だった室井は、そういった視点から生まれたキャラクターだった」
物語の中で、柳葉敏郎扮する室井慎次は、分け隔てのない警察官像を追求する青島に触発され、本庁と所轄の壁を取り払い、捜査員全員が信じたことを実行できる組織作りを次第に目指すようになっていく。
「青島君たちは、きっと今はこういうことをしているんだろうなと想像できた。しかし、物語の中でリアルを背負った室井は、『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』で、警察庁の組織改革推進委員会委員長という役職になったところまでを描いて、そのままだった。リアルな世界を担った室井が、物語の中で孤立化している。君塚さんから、あまりにも無責任ではないかと言われてハッとした」
脚本を担う君塚は、萩本欽一が抱える放送作家集団「パジャマ党」にルーツを持つ。君塚は「『欽ドン!良い子悪い子普通の子おまけの子」の放送作家をしていたとき、“良川先生”としてレギュラー出演する柳葉と出会った。その付き合いは40年以上にわたる。
「君塚さんは、柳葉さん個人に室井を背負わせすぎていないかとも話していた。その通りなんです。柳葉さんは、俳優人生において室井をとても大事にされていて、他の作品では刑事役、ロングコートにスーツといった風貌、強烈な犯人役などは一切お断りしていたほどだった。室井という役は、親友ではあるけど嫌いだとも話すくらい真剣に考えてくれていた」
「室井に決着をつけましょう」――。そう柳葉に説明し続け、室井慎次の時間の針は動き出したという。
室井を通じて描かれる「家族像」は不器用だけれど温かい
今作の室井は、警察を早期退職し、秋田の山奥で犯罪被害者や加害者の子どもたちの里親となり、ほぼ自給自足の生活を送っている。同シリーズを見てきた視聴者は意外に思ったはずだろう。なぜなら、テレビシリーズで父親を殺害された柏木雪乃(演:水野美紀)に対して、室井は心情を考慮せず、強引な取り調べを行った。劇中で室井は成長していくものの、かつては被害者遺族に寄り添う姿勢など見せなかった人物だからだ。
「僕もプロットを見たときに驚いた。同時に、なるほどとも思った。室井は組織に生きた人間です。その中で、次第に血を通わせようと奔走し、本庁と現場をつなごうとしていく。しかし、今作の室井は無職です。つまり、組織に打ちひしがれ、叶わなかったということ。その彼が、何に血を通わせることを求めたのか。そして、それは“家族”であり“地域コミュニティ”だと思い至ったのならば、僕は室井にしかできない物語があると思った」
映画の中で描かれる室井の家族は、疑似家族だ。もっと言えば、後ろめたさを抱える子どもたちを養っている。タカは、殺人事件被害者の子。リクは、服役中の加害者の子。杏は、「踊る大捜査線 THE MOVIE」に登場した凶悪犯・日向真奈美の子だ。
「前後編を通じて、“お父さん”という言葉は出てきません。徹底して子どもたちは、“室井さん”と呼び続ける」
亀山が説明するように、室井と子どもたちは組織的ともいえる家族の姿で描かれる。家事の役割分担も明確で、子どもたちに容易に干渉しようとはしない。不器用とも受け取れる室井の姿だが、彼が新城賢太郎(演・筧利夫)と組織に関する話をしていると、「それは家族って言うんだ」とリクが無邪気に指摘するシーンがある。
「家族というのは、組織の最小単位でもある。地域のコミュニティも組織ですよね。そうした組織がたくさんあって社会は成り立っている。最小単位である家族のあり方を考えることは、現在の日本社会を考えることにもつながると思った。今の日本において、大切なテーマだろうと」
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